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中国に住む日本人が日々対峙する先の戦争

戦後70周年談話を前に

2015年8月6日(木)

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戦時中、日本軍が通過したという坪石の市街地。広東省と湖南省の境にある町だ

 「山田さんは、先の戦争で日本が中国でしたことについて、どう考えていますか?」

 今から22年前の初夏のある日のこと。香港に隣接する中国の経済特区・深センの駅前にあるホテルのカフェで、目の前に座る友人の奥さんからこう問いかけられた私は、「ああ、いよいよこの日が来たか」と胸の中でひとりごちながら、返す言葉を必死に組み立てていた。

 彼女も彼女の夫も、私が留学していた山西省の大学の日本語学科の出身。夫の方とは在学中に知り合い、私が山西省を離れてからも付き合いが続いていたのだが、彼女とはその時が初対面だった。夫婦とも、山西省の国営の旅行会社で働いていて、社宅に住み、収入も安定していた。ただ当時、山西省を訪れる日本人は少なく、せっかく学んだ日本語は錆びついていくだけ。もっと日本語を生かした仕事がしたいと思った彼女は、「なれる者から先に豊かになり国を牽引しろ」と当時の最高実力者・鄧小平氏が唱えた「先富論」を体現する町として中国の先頭を切って走っていた経済特区の深センで日系の電機メーカーに職を見つけ、夫を説得して単身やって来たのだ。当時、香港で働いていた私は、「妻が深センで働いているんだ。会って様子を聞かせてくれないかな」と彼から連絡を受け、休みを利用して会いに来たのだった。

 夫の親友だということに加え、彼女の生まれ故郷で学んだ私に親近感を覚えてくれたのか、彼女はすぐに打ち解けてくれ、山西省のこと、彼女の夫のこと、共通の知り合いのこと、いまの仕事のこと等々、たくさんのことを楽しげに話してくれた。

 話題が途切れたのを機に、コーヒーのお代わりを頼もうかと彼女を見ると、それまでほとんど笑顔だった彼女はなぜか、思い詰めたような表情をしている。そして「1つどうしても聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」と言う。そして彼女の口をついて出て来たのが、「山田さんは、先の戦争で日本が中国でしたことについて、どう考えていますか?」という冒頭の言葉だった。

中国人に面と向かって「先の戦争」を問われるということ

 当時私は28歳。先の戦争について、中国人に面と向かって問われた最初の時だった。そして、先の戦争に、生身の自分が初めて対峙した時でもあった。ちなみにこの時、村山富市首相が、戦後50年にあたり日本の植民地支配や侵略などについて謝罪と反省を示したいわゆる村山談話を出す2年前の1993年のことである。

 正直言って、それまで、先の戦争のことについて、それほど考えたことなどなかった。ましてや、自分のこととしてはなおさら。もちろん、一通りの歴史教育は受けてきたし、中国に留学するにあたって、日本と中国の近現代史の勉強もし直してはいた。留学時代は中国の博物館を訪れるなどして、中国側の歴史の捉え方も認識していた。

 ただ、それらはいわば知識として知っていたに過ぎない。彼女という生身の中国人から直接、問われたことで、先の戦争が、一気に自分自身の問題として私に迫ってきたのを感じた。

 短い時間で考えを整理しながら、私は、中国に実際に来てみたからこそ考えることができたことを伝えようと思った。そして、言った。

 「かつて日本が中国を侵略したことについては本当に申し訳ないことをしたと思います。私の母方の祖父は召集されて中国に来て、敗戦後2年経ってようやく日本に引き揚げてきたそうです。その祖父は、私が中国に留学するんだと報告しに行くと、『そうか、元気で勉強してこい。でもおじいちゃんはな、もう2度と中国には行きたくないんだ』と言っていました。詳しいことは話してくれませんでしたが、私には笑顔しか見せたことのなかった祖父が、笑い顔を収めて『中国にはもう行きたくない』と話すのを見て、きっと相当辛い経験をしたんだろうなと思ったことを覚えています。それは、祖父自身もそうだし、中国の人たちを辛い目に遭わせてしまったという負い目もあったことでしょう。でも、祖父が、『もう行きたくない』と言った中国に、私は勉強に来ることができ、こうしてあなたとも話をすることができるようになった。私たちの世代が同じ過ちを繰り返して、いまのこの状況を崩すようなことをしてはならない。そう思っています」

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「中国に住む日本人が日々対峙する先の戦争」の著者

山田 泰司

山田 泰司(やまだ・やすじ)

著述業/EMSOne編集長

1992~2000年香港で邦字紙記者。2001年の上海在住後は、中国国営雑誌「美化生活」編集記者、月刊誌「CHAI」編集長などを経てフリーに。2010年からは、「EMSOne」編集長も務める。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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