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東京で体感する中国低層の絶望的な閉塞感

映画『苦い銭』で考える中国の行く末

2017年11月24日(金)

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2018年1月より公開される映画『苦い銭』より
©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

 中国の大都市で建築現場の肉体労働者や飲食店のウエーター、ウエートレスとして働く出稼ぎ労働者「農民工」たちが見てきた原風景を求めて、上海から安徽省の農村に通ったことがある。いま思い返してみると、最も通い詰めたのは2006~2010年にかけての時期。2008年の北京五輪をまたいで2010年に上海万博が閉幕したぐらいの時代だ。

 この当時、中国では既に中国版新幹線こと高速鉄道の整備は既にかなりの程度進んでいたが、私が訪ねた農民工らの自宅がある安徽省の黄山のふもとや揚子江(長江)流域のあたりにはまだ届いていなかった。だから私はいつも、上海発着の長距離バスを利用していた。

 中国は長距離バスの路線網が発達していて、新宿の「バスタ」のような規模の長距離バスターミナルが、例えば上海だけでも5~6カ所ある。バスターミナルからは5分程度の間隔でひっきりなしにバスが発車するのだが、その行き先がまたとてつもなく多い。見たことも聞いたこともない地名のプレートを付けて出発するバスの群れを見送りながら毎回のように「中国で十数年暮らしているというのに、ほとんどの土地を訪れることなくオレは死んでいくんだな」という敗北感のようなものを感じる。

 蘇州、杭州、南京といった大都市ではなく、農民工らの故郷のような小さな町に向かうバスを利用し始めてすぐに、奇妙なことに気付いた。毎回、始発のバスターミナルから乗り込む人数が極端に少ないのだ。私1人だけ乗せて出発したことも1度や2度ではない。

 最初のころは、「地元の人間しか知らないような田舎の町に向かうバスの利用者などやはり少ないのだな」「いくらなんでも客が1人しかいないなんて、遠からず廃線になってしまうだろう」「それにしても、へんぴな農村に行くというのに他に誰もいないなんて、心細いことだ」など様々なことを思いながら出発するのだが、5分もしないうちにこれらの疑問や不安は解消する。

 発車したバスはほぼ例外なく、ターミナルの建物がまだ見えるあたりで赤信号でもないのに道ばたに寄せ停車する。怪訝に思って車窓に目をやると、そこにはカバン代わりにした米や肥料の袋、業務用のペンキが入っていた大きなバケツ、掛け布団、扇風機等、手に手に大荷物を抱えたあまり垢抜けていない服装をした老若男女が待ち受けていて、我先にと私が乗っているバスになだれ込み、ガラガラだったはずのバスはたちまち阿鼻叫喚の修羅場と化すのであった。

習近平体制を揺さぶる怒れる農民工たちのノンフィクション
3億人の中国農民工 食いつめものブルース

貧しくても、学歴がなくても、田舎者でも、希望を胸に生きてきた。
けれど、繁栄から取り残された――。
磐石の習近平政権を、絶望した3億人の農民工たちが揺さぶろうとしている。
これは、今まで誰も描くことのなかった、『中国版ヒルビリー・エレジー』だ。
本コラムの著者、山田泰司氏だけが知っている農民工の姿をこの1冊で。

●米国在住のエッセイスト 渡辺由佳里氏によるレビュー
繁栄に取り残される中国の『ヒルビリー』とは?

●調達・購買コンサルタント/講演家 坂口孝則氏のレビュー
年収3万の農民に未婚の母、中国貧民の向かう先

コメント14件コメント/レビュー

この3年間、ほぼ毎月中国東北部の大都市に出張していました。その間の社会インフラの驚異的な発達には驚ろきました。昨年、内モンゴル自治区へ、その地域出身者(日本の有名大学留学経験者)と休暇で出かけましたが、高速沿道の広大な草原に林立する無数の風力発電機(おそらく数千本)。地平線まで広がるトウモロコシとヒマワリの広大な畑。驚くべき政治指導力です。限られた地域での見聞ですが、私が4年目で中国を表す名前として考えたのは「中華金主主義共産党帝国」でした。その陰にこの記事の人々が生きているのだと、諾々として読ませていただきました。(2017/12/12 18:16)

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「東京で体感する中国低層の絶望的な閉塞感」の著者

山田 泰司

山田 泰司(やまだ・やすじ)

著述業/EMSOne編集長

1992~2000年香港で邦字紙記者。2001年の上海在住後は、中国国営雑誌「美化生活」編集記者、月刊誌「CHAI」編集長などを経てフリーに。2010年からは、「EMSOne」編集長も務める。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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いただいたコメント

この3年間、ほぼ毎月中国東北部の大都市に出張していました。その間の社会インフラの驚異的な発達には驚ろきました。昨年、内モンゴル自治区へ、その地域出身者(日本の有名大学留学経験者)と休暇で出かけましたが、高速沿道の広大な草原に林立する無数の風力発電機(おそらく数千本)。地平線まで広がるトウモロコシとヒマワリの広大な畑。驚くべき政治指導力です。限られた地域での見聞ですが、私が4年目で中国を表す名前として考えたのは「中華金主主義共産党帝国」でした。その陰にこの記事の人々が生きているのだと、諾々として読ませていただきました。(2017/12/12 18:16)

中国の今の息使いが伝わってくる。上海や香港の華やかさとは違う中国。私が27年前に見た中国のさらにすすけて疲れた姿が思い浮かぶ。27年前の中国(広州とその周辺のみ,ほかは知らない。)は貧しく,しかしみんな驚くほど明るかった。役人は日本人が嫌いで意地悪をされたが,こちらがムッとしてにらむと手のひらを返したようにやさしくなった。「2元」でタンメンを食べた相当にきれいな公園の中のレストラン。おいしかった。目入を選ぶときには親切なウェイトレスたちが世話を焼いてくれた。財布の中の兌換元の束を見るまでは。そもそも公園に入るだけで2角取られる。だから一般民衆は入れない。あの頃の2元は今の2元の10倍近い価値があったろう。広州は中国の他の地域より(かなり)豊かだと聞いた。中国の都会・沿岸部から取り残された農村と農民工はこの30年弱で暮らしはどれだけ豊かになったのだろうか。当時,不夜城のように明るく,人気の無い夜の深釧を列車で通った。ゴーストタウンのような印象だった。今はあの人工的に作られた町で人形のような豊かな人々が暮らしているのだろうか。あの当時も,広州の町中を歩く女性はあか抜けて都会的だった。(男性は野暮ったい人が多かった。だから私も馴染めた。)あのころの中国で外の世界や豊かさをしている人はどれだけいたろうか。貧しさを常と思って他を知らない人々は幸せだったかもしれない。今の農民工は豊かさを知っているのだろう。彼らのどれだけの人が「幸せ」を感じているだろうか。やがて「不幸せ」は「まだまし」な状況を求めて動乱に流れていくかもしれない。農民工の心が映画を通じて東京でも見れるのだろうか。(2017/12/12 12:30)

2013年にはあるプロジェクトで北京には10回出張しました。
ある時北京中心部から南東に50Km ほど離れた村を訪れたことがあります。首都圏にありながら舗装の剥がれたデコボコ道でした。赤信号でクルマが止まったので、ふと、横を見ると小屋のような民家があり電気もない暗い土間の奥には一段高いところに板張りの床が見えました。薄暗い中で老婆の虚ろな目がじっとこちらを見ているのが印象的でした。
首都の中心地からたった50Kmなのに赤貧の生活をしているのが手に取るように分かります。マスコミの人達は北京の道路にBMWやベンツが溢れて世界第二位の経済大国だとはやし立てていますがもっと奥地に自ら足を運んで記事を書くべきだと思います。

北朝鮮も同じで日本のマスコミでは平壌の高層ビルやしゃれた服装の市民の映像を流し続けていますが真の北朝鮮の姿だと思えません。
駐在員や取材班はハニートラップにはめられて金正恩の手先になっているのでは?と思いたくなります。(2017/11/30 11:33)

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三品 和広 神戸大学教授