「CoCo壱」創業者が店を叩き壊した朝

私が心に刻んだ忘れ得ぬ出来事

  • 久保 俊介
  • 2017年12月07日

 経営を続けていれば、誰しも逆境に直面する。しかし、トップの向き合い方次第で、結果は大きく変わる。経営者は逆境にどう向き合ったか――。カレー店チェーン、壱番屋の創業者、宗次徳二氏の体験談に耳を傾けてみよう。

宗次徳二(むねつぐ・とくじ)氏 1948年石川県生まれ。高校卒業後、住宅メーカー勤務などを経て74年に妻の直美氏と喫茶店「バッカス」を開業。78年に現・愛知県清須市で「カレーハウス CoCo壱番屋」1号店をオープンする。82年法人改組し、壱番屋の社長に就任。98年に妻の直美氏に社長を譲り、会長に就任。2002年、500店達成(現在、国内1303店)を機に、生え抜きの浜島俊哉氏を社長に据えて創業者特別顧問となり、経営から退く。03年、NPO法人イエロー・エンジェルを設立し、理事長に就任。07年には名古屋市内に音楽ホール「宗次ホール」を造り、代表も務める(写真:早川俊昭)

 ガツ、ガツ、ガツ──。

 2001年9月25日午前6時半、私は福島県にあった直営の「カレーハウス CoCo 壱番屋福島森合店」に、たった一人でいました。カウンターの化粧鋼板を壊していたのです。ハンマーでくぎ抜きを打ちつけて。

 ハンマーを打ち下ろすたび、店内に鈍い音が響いていました。カウンターの化粧鋼板は、少したたいてひびを入れれば、後は手で表面をはがせるものだと単純に考えていました。ところが、いざ壊そうとすると、結構頑丈だったのです。それでも必死に続けていると、ようやく一部が壊れました。そこで手を止めて、このときのことを忘れないように壊れたカウンターの様子を写真に収めました。

宗次氏がたたき壊した福島森合店のカウンター

 店のすぐ隣には民家がありました。店の土地を貸してくれた大家さんが住んでいたと思います。早朝からあまり大きな音を出し続けては迷惑がかかります。だから程々のところで壊すのはやめました。

 外に出た私は、CoCo 壱番屋(ココイチ)の目印である黄色い案内板の下の部分を、やはりハンマーでひびが入るまでたたいて壊しました。県道沿いの店で、通勤時間帯に差し掛かり、車や通行人の量が増えつつありましたから、不審者扱いされないように辺りをうかがいながらでしたが。

 カウンターと案内板を壊していたのは、時間にして15分ほどだったと思います。事情を知らない人が見たら、暴漢が店を襲っていると勘違いして警察に通報されていたかもしれません。そんな危険を冒してまで、なぜ“破壊行為”に及んだのか。

 前日、この福島森合店を閉店したからです。午前7時半に解体会社が店に来ることが分かっていました。その前に、壱番屋の創業経営者として私自身の気持ちにけじめをつけたかったのです。

勝率99・6%の経営者人生

 498勝2敗。これがココイチ一号店を1978年に出してから、2002年に経営から退くまでの私の戦績です。ココイチの前に喫茶店を2店出し、どちらも繁盛店にしましたから、それも含めると500勝2敗。つまり、私が経営していた間に閉めた店は2つしかない。福島森合店は、その数少ないうちの1つです。2回目の経験でした。

1974年に妻の直美氏(立っている女性)と喫茶店「バッカス」を開業。右下の後ろ姿の男性が宗次氏

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