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祝!「ニホニウム」日本命名、栄光までの9年

113番目の元素発見、森田浩介さんたちの偉業を改めて解説

2016年6月14日(火)

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 北九州市の中心部には、玄界灘に通じる洞海湾が内陸の西方向に8kmほど入り込んでいる。その洞海湾に面して、新日鐵住金八幡製鉄所を筆頭とする巨大工場群が軒を連ねる。
 日本の四大工業地帯の一つならでは壮大な臨海工業地帯だ。
 広い部分で幅500m、川のようなその洞海湾の北が若松区、南が八幡東区だ。

 1948年(昭和23年)11月29日、現在の八幡東区に一人の男子が生まれた。現在67歳。
 そのおよそ10年後の1957年(昭和32年)1月23日、現在の若松区に一人の男子が生まれた。現在59歳。

 先週の木曜日(2016年6月8日)、テレビを初めあらゆるメディアは、その同じ北九州市に生を受けた2人について大きく報じ、人々は熱い思いでその2人に目をそそいだ。もっともその視線の熱さは、まったく逆の理由による。
 八幡東区生まれの67歳に対しては日本人として大なる恥ずかしさと怒りであり、若松区生まれの59歳に対しては日本人としてはかりしれない誇りと自信、そして賞賛だった。

 八幡東区生まれの67歳とは、東京都知事。
 若松区生まれの59歳とは、原子核物理学者。

森田浩介さんの真摯さと偉業とメール

 59歳の原子核物理学者は、これまで確認されていなかった第113番目の元素を合成(発見)、それが認められて「ニホニウム」命名を実現した森田浩介さんだ。
 理化学研究所・超重元素研究グループのグループリーダーで九州大学教授でもある。
 科学の基礎中の基礎、この世をつくる物質を整理し一覧表にしたのが元素の周期表だが、森田さんはそこに新しい元素を加えたのだ。

 それは、日本の科学界の100年以上にわたる悲願の達成だった。
 周期表のすべての元素はロシアを含む欧米によって発見がなされ、日本によるものは皆無だったからだ。だが、アルファベット26文字という文化の基本中の基本に、新たな1文字を日本人が加えたに等しい偉業を手にしたのだ。

 政治資金で子どもに『クレヨンしんちゃん』の本を買い与えるような愚行を続けていなければ、この日、舛添知事は同郷の森田さんにお祝いのメッセージを伝えていたかもしれない。しかし、もはやその機会はないだろう。北九州市出身の一人は世界の科学史に永遠に名を残し、北九州市出身の一人は汚れた雑巾として……。

 一つの課題に真摯に取り組むことは科学者も政治家も変わりはない。
 だが6月8日は、人間性、生き方の違い、価値観、こころざし次第で、天地の差の結果がもたらされることが明らかとなった日でもあったのだ。

2012年、3個目の「113番元素」の合成(発見)に成功した直後の森田浩介さん。(撮影・山根一眞)
「113番元素」の合成(発見)を目指して亜鉛の原子核を撃ち続けた実験装置。(森田チーム提供の資料を一部加筆改変)

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「山根一眞の「よろず反射鏡」」のバックナンバー

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「祝!「ニホニウム」日本命名、栄光までの9年」の著者

山根 一眞

山根 一眞(やまね・かずま)

ノンフィクション作家

ノンフィクション作家として先端科学技術分野の熱い人間像を描き続ける一方、3.11被災地支援活動も人生の大きな柱です。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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