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無印良品が「どん底」から這い上がれた理由

第4回 良品計画・松井忠三 前会長(1)

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2015年7月6日(月)

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松井忠三(まつい・ただみつ)氏
1949年静岡県生まれ。73年東京教育大学(現筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(現西友)入社。91年良品計画に出向、翌年入社。総務人事部長、無印良品事業部長を経て2001年社長に就任。赤字状態の組織を風土から改革し業績のV字回復を遂げる。08年に会長就任。今年5月に会長を退任、名誉顧問に。

 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が開設したエグゼクティブ向けプログラム「Executive MBA」。 今回は経営者の能力と魅力の原点を突き詰めて自身のリーダーシップと経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」の中から、良品計画元会長である、松井忠三名誉顧問の講演を掲載する。テーマは「無印良品は、仕組みが9割」。

 右肩上がりの成長が一転、赤字を計上し、「無印は終わった」とまで評されたブランドをいかに立て直したか。逆風下で社長に就任した元会長の松井氏が、陣頭指揮を執って取り組み続けた「仕組みづくり」について解説する。(取材・構成:小林佳代)

 先日、私は良品計画の会長を退任し、名誉顧問となりました。ようやく少しほっとしたところです。今日は、非常に厳しい局面で急遽社長に就任した私が、どのように会社を立て直したのかについてお話ししたいと思います。

 「無印良品」ブランドを展開する良品計画は1989年の設立です。従業員数は国内だけで6000人強。「MUJI」ブランドで25ヵ国展開している海外にも5500人ぐらいいて全部で1万2000人ほどです。2015年2月期の売上高は約2600億円、経常利益が266億円。2月末で国内・海外合計703店舗を展開しています。

 無印良品の最初のアイテムが西友から誕生したのは1980年。高度成長が終わり、2度のオイルショックに直面し、成熟期に移行していた時代のことです。調味料、トイレットペーパー、洗剤、缶詰など40アイテムをそろえました。

 この時期、国内量販店はダイエーがナショナルチェーン展開で全国制覇を狙う、イオンはM&A(買収・合併)でグループ拡大を目論む、イトーヨーカ堂は業務改革を進めるという具合に、各社なりの経営戦略を進めていました。

 唯一、各社に共通していたのがプライベートブランド(PB)の投入。ナショナルブランド(NB)を売るだけではお客様の変化に対応ができなくなっていたからです。

明確な商品コンセプトで健闘

 しかし、今のように一流メーカーがPB商品を作ってくれる時代ではありません。確かにNBより3割ほど安いけれども、質や機能が伴わない。「安かろう、悪かろう」の域を脱することができず、各社苦戦を強いられました。

 その中で、西友が販売した無印良品だけは健闘していました。商品コンセプトが明確だったことが一番大きな理由です。

 西友の属していたセゾングループのオーナーは堤清二氏。圧倒的な力を持ち、彼の周りには日本を代表するクリエーターやデザイナーたちが集まっていました。クリエーターやデザイナーの多くは日本の禅や茶道の価値観に影響を受けていたため、無印良品はその価値観の延長線上で発想され、商品開発が進みました。

 コンセプトは「わけあって、安い」。素材を見直し、生産工程でのムダを省き、包装を簡素化することで質を落とさずに価格を下げようとスタートしました。

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