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社員が同じ方向を見ていなければ、前へ進めない

第36回 宮内義彦 オリックス シニア・チェアマン(1)

  • 慶応ビジネス・スクール

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2016年8月22日(月)

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 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)は次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに特化した学位プログラム「Executive MBA(EMBA)」を開設している。「EMBA」プログラムの目玉の1つが、企業経営者らの講演と討論を通して、自身のリーダーシップや経営哲学を確立する力を養う「経営者討論科目」。日経ビジネスオンラインではその一部の授業を掲載していく。

 7月、オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンが登壇。自身の体験を基に企業経営と日本経済について思うところを語った。1964年、資本金1億円、社員13人でスタートしたオリックスは今や売上高に当たる営業収益で2兆3692億円(2016年3月期)を誇る大企業に成長した。創設メンバーの1人であり、その成長・発展を牽引してきた宮内氏は、「目先の目標をクリアしながら一段一段、階段を上ってきたから今がある」と振り返った。

(取材・構成:小林 佳代)

宮内義彦(みやうち・よしひこ)氏
オリックス シニア・チェアマン
1935年神戸市生まれ。1958年関西学院大学を卒業後、米国に留学。1960年ワシントン大学でMBA(経営学修士)を取得。同年日綿実業(現双日)入社。1964年オリエント・リース(現オリックス)に入社。1970年取締役を経て、1980年代表取締役社長・グループCEOに就任。2000年代表取締役会長・グループCEO、2003年取締役兼代表執行役会長・グループCEOを歴任。2014年から現職。(写真=陶山 勉、以下同)

 今日は2つのテーマで話をしようと思います。1つは企業経営というミクロの話。もう1つは日本経済というマクロの話です。

 最初に企業経営の話をしていきましょう。これまで私は実質的に1つの会社しか経験していません。学校卒業後に入社したのは日綿実業(現双日)ですが、数年で現在のオリックスに出向となって今に至るからです。

 ですから、企業経営の話をしようとすると、必然的にオリックスで50数年たどってきたその軌跡をお伝えすることになります。もしかしたらそれは、1人の経営者がたどった特殊な内容かもしれません。しかし一方で、そこには経営全般に通じる普遍的なものが潜んでいるのかもしれません。

 つまり、私は自分がいる会社のことはよくわかっていますが、よその会社のことは全く知りませんから、話を聞いた皆さんに一般化、普遍化できる部分があるかどうかを判断していただきたいと思います。

 オリックスは1964年に誕生した会社です。当時はオリエント・リースという社名でした。1964年というのは東京オリンピックが開催された年であり、東京─新大阪間で新幹線が走り出した年です。日本が大きく変わった節目の年に生まれました。

 1960年代の日本経済はまだ発展途上にありました。当時、多くの日本企業がお手本にしていたのは隆盛を誇っていた米国経済。米国では「どんなビジネスが勃興しているか」「どんな技術発展が起きているか」などと、鵜の目鷹の目でその動向を注視していました。

 米国で新しいビジネスが発展しつつあるならばいち早く日本に持ち込み、米国で技術革新が起きたならば提携してライセンスを取得する。先行する米国をなぞっていくのが得策と考えられ、数多くのビジネスや技術が米国から日本に上陸しました。その中には日本でも大いに成功したものもあれば、日本では根付かずに消えてしまったものもあります。

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