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地方共倒れ 人口吸収で伸びた東京にも壁

止まらぬ東京一極集中

2016年1月27日(水)

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(日経ビジネス2015年10月12日号より転載)

高度成長期以来の東京一極集中是正策はほとんど空振りに終わった。「地方」「政治」「官」の甘い取り組みが、逆に地方の力を弱めてきた。ヒトの流入が縮小すれば、東京の成長に限界が忍び寄る。

注: 首都圏は、東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県。名古屋圏は、愛知県、岐阜県、三重県。大阪圏は大阪府、京都府、兵庫県、奈良県。各地域の転出入を相殺した数値
出所:みずほ総研の資料を基に本誌作成(写真=読売新聞/アフロ)

 かつて青森県八戸地区に大製鉄会社を作ろうという計画があった。1962年、日本中が高度経済成長に沸き立っていた時代のことだ。地元に産出する砂鉄を使った大規模工場を建設するという大型プロジェクトだった。

 地元には東北の寒村を工業都市に生まれ変わらせ、「首都圏に流出する若者を地元に残そう」という熱い思いがあった。63年にはむつ製鉄が設立され、三菱鉱業(現・三菱マテリアル)などとも提携し、計画は動き出した。

 ところが、わずか2年後に事業は白紙となり、会社は解散した。既に製鉄は鉄鉱石を使った高品質銑鉄の時代に入り、砂鉄需要が増える見込みがなくなったからだった。工業化を焦るあまりの無理な計画の限界が露呈、大都市にも対抗できる拠点作りのもくろみはついえた。今や青森県のむつ小川原開発計画の担当者さえも「計画の記録はほとんどない」と言うほど。まさに一炊の夢で終わった。

一極集中是正はゆがめられた

 戦後70年の日本経済は、東京(首都圏)と地方の“対立”の歴史でもあった。ヒト・モノ・カネが東京に集中した結果、首都圏は栄える一方で、過密と地価高騰の副作用に悩まされた。地方はヒトと企業の流出によって経済が次第に停滞。やがて農漁村地区から過疎化していった。東京一極集中の是正は、国策でもあり、地方の願いでもあった。下北半島に大製鉄会社を興すという今では想像もつかない計画は、その中で生まれたものだった。

 東京一極集中の歴史は3期に分かれる(上のグラフ参照)。第1期は50年代から73年頃まで。高度成長期に当たる。第2期は80年代のバブル景気の頃。そして第3期は90年代半ば以降で、現在まで続いている。第1期と第2期以降には違いがある。第1期は首都圏だけでなく、大阪圏や名古屋圏にも人が集まったが、第2期以降、大阪圏は人口流出に転じ、トヨタ自動車の本社を持つ名古屋圏も流入超過はなくなり、完全に東京一極集中となった。

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「地方共倒れ 人口吸収で伸びた東京にも壁」の著者

田村 賢司

田村 賢司(たむら・けんじ)

日経ビジネス主任編集委員

日経レストラン、日経ビジネス、日経ベンチャー、日経ネットトレーディングなどの編集部を経て2002年から日経ビジネス編集委員。税・財政、年金、企業財務、企業会計、マクロ経済などが専門分野。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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