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その姿、パンツを山と抱えたシシュポスのごとし

母と失禁とプライドと

2017年5月25日(木)

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(前回→「あなたは、自分の母親の下着を知っているか?」)

 あまりにつらい記憶なのだ。
 なので、ここまで書かずに引っ張ってきたのだが、もう書かないわけにはいかない。
 失禁の話である。

 母に失禁の徴候が出たのは、2014年12月末だった。

 最初に気が付いたのは、自分が洗濯した覚えのない母のパンツが、こそっと干してあることだった。どうしたのか聞くと最初は答えなかったが、繰り返しているうちに開き直ったような口調で「汚しちゃったのよ」という返事が返ってきた。

 失禁か――女性は男性に比べると尿道が短いので失禁しやすい。老人でなくとも失禁に悩む女性もいる。これは仕方ないな、というのが当初の感想だった。「汚したなら、他の洗濯物を分けて出してくれれば洗いますよ」と言ったが、その後もこそっとパンツが干してあるということが続いた。

尿漏れパッド絶対拒否

 放置するわけにもいかないので、対策を考えた。

 ドラッグストアに行くと、パンツの内側に貼り付ける尿漏れパッドという製品が売っている。買ってきて、「これを使いなさい」と渡すと、予想外の反応が返ってきた。

 「嫌だ、こんなもの絶対使わない。なにこれ。ごわごわして、こんなもの付けたら履き心地が悪くて気持ち悪くて仕方ない」
 激烈な拒否である。

 「そんなこといっても、漏れてしまうのだから仕方ないでしょう。こういったものを使って快適に過ごせるようにしないと……」
 「やだ、絶対使わない。私はこんなもの使わなくていいの。汚したら自分で洗うんだからいいの。自分でやるからいいの」

 こんなやり取りが毎日続く。いくら言っても、母は尿漏れパッドを使ってくれない。

洗濯機の更新が呼んだ意外なトラブル

 2015年1月、自宅の洗濯機を新調した。それまで、母はクラシックな2槽式洗濯機を愛用してきたのだが、いい加減古くなり調子が悪くなったのと、隠れてパンツを干す回数が増えたことから、今後洗濯物が増えるだろうと判断して、全自動1槽式洗濯機に替えたのである。

 洗濯機を替えたことで、母は自分で洗濯ができなくなった。新しい洗濯機の使い方が覚えられなかったのだ。これは虚を突かれたが、「新しく買い換えると使えなくなる」という事態が起こることは、介護する立場の、特に男性は心得て置いた方がいいかもしれない。

 「前のほうが良かったのに」と文句を言われたが仕方がない。母の出す失禁パンツの洗濯は、私の仕事となった。まずバケツを使って水でよくすすぎ、次いで酸素系漂白剤に漬け込み、しかる後に洗濯機にかける。

 尿とはつまるところ濃縮された汗であり、腎臓で濾過されている以上不潔なものではない。多少の臭いは慣れの範囲内だ。
 とはいえ、愉快な作業でもない。

 2015年3月から5月にかけて、私がストレスで幻覚が出るまで追い詰められた背景にはこんなことがあったわけだ。が、これは実は序の口だった。漏れる量が増えて「パンツに付いてしまった」というレベルではなくなっていったのである。

本連載、ついに単行本化。
タイトルは『母さん、ごめん』です。

 この連載「介護生活敗戦記」が『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』として単行本になりました。

 老いていく親を気遣いつつ、日々の生活に取り紛れてしまい、それでもどこかで心配している方は、いわゆる介護のハウツー本を読む気にはなりにくいし、読んでもどこかリアリティがなくて、なかなか頭に入らないと思います。

 ノンフィクションの手法でペーソスを交えて書かれたこの本は、ビジネスパーソンが「いざ介護」となったときにどう体制を構築するかを学ぶための、読みやすさと実用性を併せ持っています。

 そして、まとめて最後まで読むと、この本が連載から大きく改題された理由もお分かりいただけるのではないでしょうか。単なる介護のハウツーを語った本ではない、という実感があったからこそ、ややセンチな題となりました。

 どうぞお手にとって改めてご覧下さい。夕暮れの鉄橋を渡る電車が目印です。よろしくお願い申し上げます。(担当編集Y)

コメント29

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「その姿、パンツを山と抱えたシシュポスのごとし」の著者

松浦 晋也

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション作家

科学技術ジャーナリスト。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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檜山 敦 東京大学先端科学技術研究センター 講師