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「死の予知」と「お迎え」は“特別”ではない

僧侶1335人「霊魂譚」調査より(前編)

2018年3月8日(木)

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死の意味を説き、死者を供養する僧侶の元には多くの霊魂譚が寄せられる。本章では僧侶1335人に対するアンケートや聞き取り調査から、霊的現象の事例を紹介し、その傾向、メカニズムを解説する。その前編。

 栃木県佐野市にある浄土宗・一向寺の住職、東好章(48)は静かに話し始めた。

 「うちの寺では檀家さんからの除霊や鎮魂をお受けしています。つい先日も、ある方が『最近、体の具合が悪い。家の仏壇を粗末にしていたから、ご先祖様の怒りを買ったに違いない。供養して欲しい』とおっしゃる。自宅にお邪魔すると確かに、仏壇は何年も放置された状態でホコリが被っていて、何代前かわからないような古い位牌がいくつも置かれている。私はきちんとお掃除して、どの霊位が祀られているのかを確認し、回向をして差し上げました。檀家さんは、『おかげで(体の具合が)良くなった』と言っておられたので、回向には一定の効果があったのかな、と思います」

 東の元には、こうした除霊などの相談が年に数回あるという。檀家が「心霊写真」を持参することもあり、境内で定期的にお炊き上げをしている。

 実は東自身、幼い頃から霊魂の存在をはっきりと認識できる「目」を持つという。東だけではない。東の母親も霊魂を「見ることができる」と言う。実際、東は一向寺の境内で不思議な現象を度々、目撃している。東は説明する。

 「霊の通り道のようなものがありましてね。何者かが境内のほうから、すっーと壁を通り抜けて庫裏の中に入ってくるのです。子供の頃は怖くて怖くて、寺に居たくはなかったです。現在、私は住職をしていますが、日常的に境内で霊を見ます。はっきりと"その人"が視認できる場合もあれば、気配だけのこともあります。霊の正体ですが、顔見知りの故人のケースもあれば、全く知らない人の場合もある。いずれも体全体が白く霞んだ感じで、浮いているように見えます。しかし、足元は暗くて見えません。いつも無言ですが、"何かを伝えたい"という思いは、ひしひしと伝わっています」

 2014(平成26)年夏、檀家の老婆が亡くなり、東が導師を務めた時のことだ。葬祭ホールで通夜が営まれた。気がつくと東の横に亡くなったはずの老婆がちょこんと座っていた。そして読経が終わって退堂しようとすると、老婆も一緒に立ち上がる。結局、東の後に続いて歩き、車にも乗り込み、寺までついてきた。

 通夜や葬式が終わって、霊魂が付きまとってくるケースは一度や二度ではないという。そうした時、東は、いつも念仏を称える。

あえてこの世に戻ってくる

 東は、霊魂の存在を独自にこう解釈している。

 まず、「情念」が可視化されたものとの考え方。「生」に対する執着を脱することができない魂が、死後もこの世を彷徨っているのだという。

 さらに、「還相回向の姿が、実態のある霊魂のように見えることがある」、と東は説く。浄土宗の公式ホームページでは、往相回向と還相回向についてこう解説している。

 《往相回向とは、阿弥陀仏の慈悲によって浄土に往生すること。そして還相回向とは、その浄土から、この世に帰って人々を救う働きのことを言う》

 浄土宗の宗祖法然は、『一百四十五箇条問答』なるものを記している。法然が生きた時代は、様々な迷信が飛び交い、霊魂や怨霊といった非科学的な概念も疑いなく、信じられていた。そんな中、人々は多くの悩みを法然に持ち込んできた。この問答集は、そうした大衆の疑問に答え、正しい念仏の教えに導くためのものだ。

 同問答の第27条で、法然はこんな疑問に答えている。

 「長い間、輪廻を離れ、迷いと苦しみの世界(三界)には生まれたくないと願って、極楽に生まれたとしても、その縁が尽きるとまたこの世に生まれるということは本当か」

 この問いに対し、法然は、

 「それは皆、間違いだ。極楽に生まれれば、永遠にこの世に帰ってくることはなく、みな仏になる。ただし、人を導くために、あえて帰ってくることはある。しかし、それは苦しみの生死を繰り返す人としてではない。迷いと苦悩の世界を離れ、極楽に往生するためには念仏より優れたものはない。よくよく念仏せよ」

 と答えた。

 東はこう考えている。人を導くために、「死者」があえてこの世に戻ってくることがある、とするならば、その主体は霊魂そのものではないか。

 だが、東は声を潜める。

 「(宗祖法然が還相回向を唱えているのに)こういう霊魂に関する話を僧侶仲間とすることは、どうも憚られるのです。しかし、そこを曖昧模糊にしてしまうのは宗教家としておかしいと思う。私は多くの霊魂現象を実体験していますから、霊魂は確実に存在すると考えています」

コメント12件コメント/レビュー

霊魂が存在するためには、「考える故に我あり」みたいな固有の、絶対的な個が存在しなければいけないと思うのですが、「昨日の私」と「今日の私」の間には絶対的に連続した私がいると考える半面、ひょっとしてそんなものは存在せず、「私」とはDNAと固有な体験に基づく単なるIntegrated informationではないかとも思うこともあります。
いずれにしても霊魂の存在は興味深い話題ですが、もし「私」の存在が後者であるとしても、Entangled informationとしての霊魂はありうるなぁと。(2018/03/10 06:33)

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「「死の予知」と「お迎え」は“特別”ではない」の著者

鵜飼 秀徳

鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)

ジャーナリスト、浄土宗僧侶

1974年、京都市生まれ。新聞記者、日経ビジネス記者、日経おとなのOFF副編集長などを歴任後、2018年に独立。「宗教と社会」をテーマに取材を続ける。正覚寺副住職、浄土宗総合研究所嘱託研究員、東京農業大学非常勤講師。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

霊魂が存在するためには、「考える故に我あり」みたいな固有の、絶対的な個が存在しなければいけないと思うのですが、「昨日の私」と「今日の私」の間には絶対的に連続した私がいると考える半面、ひょっとしてそんなものは存在せず、「私」とはDNAと固有な体験に基づく単なるIntegrated informationではないかとも思うこともあります。
いずれにしても霊魂の存在は興味深い話題ですが、もし「私」の存在が後者であるとしても、Entangled informationとしての霊魂はありうるなぁと。(2018/03/10 06:33)

まさかここに自分の所の御師さんが出てくるとは思いませんでした。次の法事の機会にお話をうかがわなくては。(2018/03/09 19:16)

脳というのは実に都合よくできています。過去の記憶、特に時系列は簡単に改ざんされます。
残念ですが、霊魂は存在しないと言わざるを得ません。
「思考」するには脳を始めとする肉体が必要です。これが現実です。
※もし幽霊が存在するなら、これは科学を根底からひっくり返す事象であり、その応用可能性は無限大で実に素晴らしいのですが…

それから仏教について少し。
本来、仏陀の説いた仏教は極めて現実的な考えから成り立っています。

仏教とは「いかに生きるか」をとことんまで追求した教えです。

今、日本で主に仏教とされるのは鎌倉仏教が多く、それはかつての新興宗教です。
その鎌倉仏教も、今を生きる人たちを救うために生まれたものでした。

葬式をするのが僧侶の仕事ではない。
いい加減、本質へ立ち返ってほしい。(2018/03/09 14:36)

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