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ショパールが高級ブランドになったワケ

ファミリーだからこそ守れた伝統

2016年3月15日(火)

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 iPhoneが腕時計代わりの筆者にとってそれは、新発見の連続だった。

 2016年3月14日号の特集「同族だから強い」の取材で訪れた、スイスの高級腕時計・ジュエリーブランドのショパール。以前からブランドは知っていたし商品に対する憧れもあったが、正直、遠い存在(手に届かない存在)でしかなかった。

 ところが、ジュネーブ近郊の本社を訪れ、経営者に会い、マニュファクチュール(工房)を目の当たりにしたら、これまでの印象がガラリと変わった。これまでの印象がウソのように身近に感じることができたのだ。

 ショパールを取材して筆者なりに発見したことを2回にわたって掲載する。今回は、共同社長の一人であるカール・フリードリッヒ・ショイフレ氏に会って気付いたことを取り上げる(次回はマニュファクチュール)。

ショパールの血を引かない一族

カール・フリードリッヒ・ショイフレ氏は気品あふれる紳士だった。妹のキャロライン氏と二人三脚で共同社長を務める

 「貴重なお時間をありがとうございます」

 「もちろん喜んで」

 カール・フリードリッヒ・ショイフレ氏、通称KFS氏は、そういってさわやかな笑顔を浮かべた。左腕にまとったショパールの腕時計に負けない、気品あふれる風格。その独特の雰囲気に圧倒されながら席に座り、取材を始めた。最初は少し、ピリッと張り詰めた空気が漂っていた。

 ショパールの創業は1860年。時計職人のルイ・ユリス・ショパール氏がスイスのソンヴィリエという小さな村で始めた時計工房が始まりだ。その後、息子のポール・ルイ氏、孫のポール・アンドレ氏へと経営が引き継がれたが、1963年、転機が訪れた。ポール・アンドレ氏の息子たちに会社を継ぐ意思がないことが判明したのだ。ポール・アンドレ氏が事業の買い手を探し求めていた時、ある人物と出会った。KFS氏の父親であるカール・ショイフレ氏だ。ショイフレ家も、ドイツで代々、時計とジュエリーを製造してきた一族だった。二人はすぐに意気投合。カール氏はショパールを買収し、ショパールブランドはショイフレ家の手にゆだねられることになった。

 KFS氏はこのカール氏の息子。つまり、ショパール家と血のつながりはなく、ショパールという事業も言ってみれば赤の他人のブランドということになる。にもかかわらず、KFS氏から伝わってきたのはショパールに対する深い愛情だった。

 「我々にとって最も大切なことの一つは、ショパールという会社を次世代につないで伝統を守ること。短期的な利益を追うことよりずっと大事だ。そのためにクラフトマンシップ(職人技)は絶対に社内に維持する」(KFS氏)

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「同族だから強い 不透明な時代を乗り切る変革力」のバックナンバー

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「ショパールが高級ブランドになったワケ」の著者

池松 由香

池松 由香(いけまつ・ゆか)

日経ビジネス記者

北米毎日新聞社(米国サンフランシスコ)で5年間、記者を務めた後、帰国。日経E-BIZ、日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)、日経ものづくりの記者を経て、2014年10月から日経ビジネス記者。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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