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100年越えの日本企業をイラストルポ!

創業130年・三菱鉛筆(その1)

  • モリナガ・ヨウ+編集Y

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2016年10月17日(月)

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世紀を越えた会社の秘密を絵で見よう

 100年前、1916年。元号で言えば大正5年。当時の日本は日露戦争(1904~05年)を終え、世界は第一次世界大戦(1914~18年)の真っ最中。いわゆる「大戦景気」によって、日本の工業生産の急拡大と、産業の国際化が進んだ時期でもあります。

 そこからいくつもの戦争、政治、経済の大変化を経てきた日本。しかし、その一世紀を越えて生き残った企業がいくつもあります。それらの企業が大事にしてきたもの、生き残ってきた理由は何でしょうか。

 今年、『築地市場: 絵でみる魚市場の一日』で、第63回産経児童出版文化賞・大賞を受賞した、イラストルポライター、モリナガ・ヨウさんと、日本の「百年企業」を見てきました。企業人たちが大事にしてきたもの、コトを、「細かいところがとても気になる」モリナガさんの目がどう捉えるか、お楽しみください。相方は私、編集Yが勤めます。

 第1回の取材で伺ったのは、三菱鉛筆。

 創業者の眞崎仁六氏が「眞崎鉛筆製造所」を新宿に構えたのが1887年(明治20年)。さまざまな経緯を経て、この会社を中心に「三菱鉛筆」が設立されたのは1925年(大正14年)だ。

 2015年の連結売上高は637億1200万円、連結経常利益は123億1900万円。販売開始から50年以上の歴史を持つ高級鉛筆の「ユニ」、世界の水性ボールペンで圧倒的なシェアを持つ「ユニボール」、そして文化祭などでお馴染みのサインペン「ポスカ」、油性ボールペン「ジェットストリーム」、いつでも芯先が尖っているシャープペン「クルトガ」、など、お馴染みの商品も数多い。

(三菱鉛筆の社史はこちら

編集Y(以下Y):三菱鉛筆さんの社史によれば、創業者の眞崎仁六氏は1848年、嘉永元年に佐賀県で士族の子弟として生まれました。ペリーが浦賀にやってくるちょっと前ですね。18歳の時に藩の推薦で長崎に留学し、その後半官半民の貿易商社「日本起立商工会社」の金属工場の技師長となり、1876年(明治9年)に米国フィラデルフィアで開催された万国博覧会に社業で出張、帰国後に内国勧業博覧会を見て、世界と日本との技術の差に驚いたそうです。

 眞崎氏は1878年のパリ万博に自社製品を出展すべく、準備に奔走し、会場で出会った「鉛筆」に心を揺さぶられ「これを日本でも生産する」と心に期した、とあります。このとき、29歳。勤務時間の余暇を使って製造法を研究して、ついに1887年(明治20年)に独立、「眞崎鉛筆製造所」を設立しました。

三菱鉛筆広報・小笠原恵子さん(以下小):その後、1918年(大正7年)創業の色鉛筆専門メーカー「大和鉛筆」と、1925年に合併して「眞崎大和鉛筆株式会社」ができました。

Y:第一次世界大戦で、鉛筆の主要生産国ドイツが凋落し、その空白を埋める形で日本の鉛筆産業は急成長しましたが、大戦後の不況で追い詰められていく。眞崎鉛筆と大和鉛筆の合併は「中小企業同士の生き残り策」で、両者共に足りなかったのは、ずばり営業力だった。

:そこで、このディスプレイのアイデアが生まれたのです。

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