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路線バス復活の裏にドラッカーあり!

第1回:小さな会社のイノベーションの起こし方

2016年6月13日(月)

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 本連載では、ドラッカー教授の著作に学んで、成果をあげた日本の中小企業の物語を紹介します。

 筆者(佐藤等)は、本業の公認会計士の仕事の傍ら、2003年から、ドラッカー教授の著作の読書会を始めました。最初のころはなかなか人が集まらずに苦戦しましたが、地道に続けるうち、13年間で700回以上を開催するまでになりました。この読書会で報告を受けた実践の成功例が、この連載の骨子です。

 なかでも、読書会の初期の中核メンバーが、十勝バス(北海道帯広市)の野村文吾社長です。5年前、地方の路線バスが約40年ぶりに利用客数を増やした奇跡は、多くの経済メディアで注目を集めました。日経ビジネスオンラインの読者の皆さまならば、すでにご存知かもしれません。ただ、その背後にドラッカーに得た学びがあったことは、それほどには知られていないでしょう。第1回は、野村社長に、自らの言葉で「ドラッカー体験」を語ってもらいます。

十勝バスの野村社長(写真:吉田サトル)

 「イノベーション」――私が初めてドラッカー教授の著作に出合ったとき、最も心に響いた言葉です。

 十勝バスは、北海道帯広市を中心に路線バスを運営しています。

 1926年設立。90年近く地域の交通インフラを支えてきましたが、マイカーの普及や人口の減少で利用客数は69年から毎年数%ずつ減少。2000年代には、ピーク時の2割以下にまで落ち込み、厳しい経営状況が続いていました。

 しかし、11年、まさにイノベーションを起こします。約40年ぶりに利用客数を増やし、路線バスの運送収入を上昇に転じさせました。地方の路線バス事業者としては快挙でした。

コスト削減ですさむ社員

 札幌で会社員をしていた私が帯広に戻り、父が経営する十勝バスに入社したのは1998年、34歳のときでした。

 路線バス業界が衰退の一途をたどるなか、父は合理化を重ねることで、会社の生き残りを図ってきました。しかし、「それももう限界。廃業することにした」と聞かされ、「ならば自分が立て直す」と決意。勇んで、帯広に帰ってきました。

 しかし、そのころ、社員の心は荒れ果てていました。

 十勝バスでは、すでに約30年続いていた営業収入の減少を補うため、人員削減こそしなかったものの、給与や賞与のカットによる人件費の削減を続けていました(下図)。そのため、社員の間には不満が渦巻き、いさかいが絶えませんでした。私もまだ若く、ささいなことで社員と言い争っては実力行使。物を投げ合い、机をひっくり返すような騒ぎを繰り返しました。

売り上げ半減を人件費削減でしのいでいた

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「路線バス復活の裏にドラッカーあり!」の著者

佐藤 等

佐藤 等(さとう・ひとし)

佐藤等公認会計士事務所所長

1961年生まれ。90年公認会計士試験合格後に開業し、現在に至る。2003年から、中小企業経営者などを集めたドラッカーの読書会を開始。13年間で700回以上を開催する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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