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「とにかく大戸屋をでかくしてくれ!」

父のラストメッセージ

  • 三森智仁

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2017年8月10日(木)

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 2015年5月のニューヨーク出張が、父にとっての最後の仕事になる。

 予定は2週間。しかもニューヨークに発つ3日前まで、父は私を連れてタイと香港へ出張、健康な人でも疲れる強行スケジュールだった。

 タイと香港では、フランチャイズ加盟店のオーナー一人ひとりに私を紹介した。

 「若いし、経験も浅いけれども、一生懸命にやらせます。ですから、よろしくお願いします。何とか、何とか、よろしくお願いいたします」

 頭を深く下げ、私のことを頼み込んでいる父の姿が今も忘れられない。

「おい、智仁。会社をよろしく頼むぞ」

 帰国後、父の様子が明らかに悪化しているのが分かった。私も母も「さすがにニューヨーク出張はむちゃだ」と止めたが、父は「いや、行ってくる」と聞く耳を持たない。

 実は、「天婦羅まつ井」の開業準備が大詰めを迎えていた。父は料理も内外装も、自分の目で細かく確かめないと気が済まない人だ。この天ぷら店が現地で受け入れられれば、米国事業の前途は大きく開ける。そんな思いがあったのだろう。

 担当医も最初は強く反対していたが、「三森さんは止めても、言うことを聞かないだろうから」と諦めて、滞在日数分の痛み止め薬を処方してくれた。

 ニューヨークに発つ日の朝。
 私と母は、父を玄関まで見送った。そのとき、父がこう言った。

 「おい、智仁。会社をよろしく頼むぞ」
 「えっ……」

 私が戸惑っている間に、父は迎えの車に乗り込んだ。
 会社をよろしく頼む――。それは、どういう意味なのだろう。

 2週間の留守中をよろしく、と言いたかったのだろうか。けれど、今まで数えきれないほど海外出張に出かけたが、そんな言葉をかけられたことはない。もしかしたら、死期が迫っていると覚悟し、思わず口をついて出た言葉なのか。

 私は父の車が走り去った方向を、しばらく眺めていた。

 そうして帰国予定の2日前。
 大戸屋のニューヨーク事業を現地で取り仕切るT氏から連絡が入った。

 「会長の様子がおかしい。成田まで迎えに来たほうがいいかもしれない」

 いつもは、社用車の運転手一人が成田空港で父を迎える。しかしT氏の焦った口調は、ただ事ではないことを示していた。

 帰国予定日。私も成田空港に出向いた。
 あの日の光景は、今も目に焼きついている。到着ロビーの人混みの中で、父の姿を見つけた私は、その場に立ち尽くした。

 荷物カートに全身を預けて、何とか立っている。何度もよろめき、倒れそうになりながら、やせ細った男がゆっくり出口を目指してきた。それが父だった。早足で出口に向かう人たちの中にあって、父の周囲だけが異様な空気をたたえていた。

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