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9月18日はなぜ、中国で国恥記念日なのか

満州事変の始まり、柳条湖事件をひもとく

2015年9月16日(水)

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終戦から70年を迎えた。
「終わり」が注目されているが、戦争には「始まり」もあった。
いつが「始まり」かには諸説あるが、その一つに「満州事変」がある。
高校の日本史の教科書でこの文字を見た記憶のある方は多いだろう。
しかし、いったい何が起きて、その後の歴史にどのような影響を与えたか――についてはほとんど学んでいないのではないだろうか。
一方、中国は、満州事変が始まった9月18日を「国恥記念日」として強く記憶にとどめている。
歴史認識に注目が集まる今、ビジネスパーソンといえども満州事変について「知らない」ではすまされない。
この連載では5回にわたって、昭和陸軍の研究の第一人者である川田稔・日本福祉大学教授(名古屋大学名誉教授)に満州事変について聞く。

 今から84年前の、1931年(昭和6年)9月18日の夜、午後10時20分ごろ。中国東北地方(満州)南部の都市・奉天(現在の瀋陽)近郊の柳条湖付近で、日本が経営する南満州鉄道の線路が爆破された。

 間もなく、関東軍から、中国軍の犯行によるものとの発表がなされる(関東軍は南満州に駐留する日本軍)。

 一般国民には、太平洋戦争の終戦まで長くそのように信じられていた。だが実際には、関東軍の部隊によって実行された謀略だった。

9月18日の国恥記念日に「国の恥を忘れる事なかれ」と書かれたボードに名前を記入する子どもたち(写真=新華社/アフロ)

 首謀者は、関東軍の板垣征四郎・高級参謀(参謀長補佐)、石原莞爾・作戦参謀である。当時の関東軍司令部中枢は、本庄繁軍司令官のもと、三宅光治参謀長および5人の参謀(板垣・石原を含む)などで構成されていた。しかし、板垣、石原以外は、計画を全く知らされていなかった(図表1)。

満州事変を主導した石原莞爾・関東軍作戦参謀。世界最終戦争を唱えた(写真=近現代PL/アフロ)
図表1:関東軍の幹部

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「ビジネスパーソンのための歴史講座「満州事変」」のバックナンバー

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「9月18日はなぜ、中国で国恥記念日なのか」の著者

川田 稔

川田 稔(かわだ・みのる)

日本福祉大学教授

1947年生まれ。1978年名古屋大学大学院法学研究科修了。法学博士。名古屋大学大学院環境学研究科教授などを経て現職。名古屋大学名誉教授。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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