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AIは特定分野の強みがないと生き残れない、ディープラーニングで医療・介護、製造、HRを攻めるーーエクサウィザーズ新社長・石山洸氏

2017.10.12市嶋 洋平

リクルートホールディングスのAI研究所を立ち上げた石山洸氏が人工知能(AI)による介護に取り組むベンチャー、デジタルセンセーションに転じたのは今春。それもつかの間、AIスタートアップのエクサインテリジェンスとの経営統合を発表し、10月1日付で新会社エクサウィザーズの代表取締役社長に就任した。AIベンチャーとスタートアップの経営統合の狙いはどこにあるのか、日本は米中のAI企業に勝ち目はあるのか聞いた。

石山 洸 |Ko ISHIYAMA
エクサウィザーズ代表取締役社長。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員。2004年中央大学商学部卒業、06年東京工業大学大学院知能システム科学専攻修了、リクルートに入社。15年2月にRecruit Institute of TechnologyをAI研究機関に刷新。17年2月に退社し、同年3月にデジタルセンセーション取締役。同年10月1日に現職

 なぜ、エクサインテリジェンスとの経営統合に至ったのか。

 エクサインテリジェンスの会長兼社長だった春田真さんと知り合ったのは昨年の12月。意外と時間がたっていないが、互いに共感し合い今回の統合に至った。その時、2017年に入ったらリクルートをやめて、デジタルセンセーションに参加して介護分野のAIに取り組むことなどを話していた。

 それがきっかけで「介護×AI」に魅力を感じてもらい、その後春田さんがCEOを務める投資会社ベータカタリストからデジタルセンセーションに出資をしてもらった。

リソースを得て事業の拡大にアクセルを踏む

 デジタルセンセーションにとっては、ビジネスの規模が大きくなっていくと、自治体や大手の介護施設などとの連携が増え、こうしたリソースがまかなえなくなる可能性があった。

 と言うのも、介護分野の映像や行動データをディープラーニングで解析するのが至上命題であり、多くの高度な人材が必要だ。実際、それを整えるのには時間がかかりそうだった。デジタルセンセーションはもともと静岡大学発のベンチャーであり、事業開発や営業、コーポレートのスタッフといったビジネスを拡大するのに必要不可欠な人材も足りていないのが実情だ。デジタルセンセーションが取り組んでいたフランス発の介護の手法「ユマニチュード」を普及させるインストラクターの数も増やしていかないといけない。

 一方でエクサインテリジェンスには多くのディープラーニングのエンジニアがいる。両者が一緒になれば、介護をはじめとして様々な分野でディープラーニングを一気に活用できるのではないかと意見が一致した。40人のメンバーのうち半数がAIなどのエンジニアだが、残りの半分が事業開発や営業、コーポレートのスタッフであることもビジネスを拡大するうえで魅力だった。

 エクサウィザーズはどのようなAI企業を目指してくのか。

 もともとエクサインテリジェンスは医療と製造業に強みを持つ会社で、そこにデジタルセンセーションの介護が加わって、両者で相乗効果を出していく考えだ。スタートアップはAIであっても、バーティカルな分野で勝ち抜いていく強みを持っていないと持続的に成長していけないだろう。それがデジタルセンセーションの介護だった。つまり両社の合併によって超高齢化社会の課題をAIで解いていく集団となったわけだ。

 AIの分野では顧客からデータを受け取ってそれを分析して納入するというビジネスが一般的かもしれないが、今後は「AI as a Service」のようにクラウド型で、AIや分析のサービスを提供したり、他のITサービスと連携させたりといったことが必要になってくる。エクサウィザーズはそうした分野にも強みを持っており注力していく。

 統合のシナジー効果を生かした新事業は考えているのか。

 もちろんだ。自分がリクルート出身であることから、人材や人事分野の「HR Tech」の案件をデジタルセンセーションでも受けていた経緯がある。また、エクサインテリジェンスにも内外のHR Techの分野に明るい人材が集まり始めていた。

できる人材の発見だけでは限界

 そこで新事業として、それぞれの人材の特徴をディープラーニングで分析して改善策をコーチングし、組織としての能力を底上げすることを考えている。これまでのHR Techでは、活躍している「ハイパフォーマー」の人材との比較で同様なプロフィルを持つ優秀な人材を見いだしたり、採用したりするというのが多かった。一方であまり成績が伸びない「ローパフォーマー」をどうするかというアプローチはあまりない。ローパフォーマーは相関からそれが数字として出てしまい、採用などで対象外にされてしまう。

 それでは人材の有効活用に限界があると思っている。そこでデジタルセンセーションの介護分野で磨いたAIコーチングのノウハウを活用することにした。活躍しない可能性が高いとされたローパフォーマーでも、適切にコーチングすればハイパフォーマーの能力に近づけていくというアプローチである。介護ではユマニチュードの手法を獲得するために映像利用のAIコーチングを活用しているが、それをHR Techに拡大し始めている。

 ユマニチュードは相手に対する見つめ方や話し方、手の触れ方や立ち方、その後の先導の仕方などについて、どのようにすれば介護される認知症などの方に受け入れられるのかを体系化したものだ。それに基づいて担当者が適切にケアすることで、反応が得られるようになるもので、AIを活用したコーチングを一部の病院や施設で実験的に運用し始めている。

 具体的にはどのように実装していくのか。

 ユマニチュード向けに構築した、映像を活用したAIコーチングのシステムを利用する。まず、ハイパフォーマーの接客や営業の場面の映像を撮影し、ディープラーニングなどでどのような特徴があるのかをデータで把握する。次にハイパフォーマーにお願いをして、何を考えてどのような動作をしたのかを教えてもらったり、ローパフォーマーの動きを見て何が問題かをデータとして入力してもらったりして学習をしていく。

 このようなアプローチで、ハイパフォーマーとローパフォーマーの差をAIで判定できるようにして、その結果を基にPDCAサイクルを回して改善していく。仮にハイパフォーマーが5割の確率で契約をとってこられるケースで、そうでない人材が2割だとする。この2割を3割や4割に引き上げることができれば業績の底上げにつながる。

 どの分野がターゲットか。

 営業だけでなく、製造現場、キャビンアテンダントやアナウンサーといった分野での活用も想定している。現在、3社で検証を始めたところだ。

 例えば、今後製造現場がAI化されていく。そうなると、AI同士が連携した巨大なシステムとなり、その製造現場が止まった際の復旧はコンピュータサイエンスのデバッグのようなものとなる。工場によっては1分の停止が1億円もの損失につながる場合もあり、早期復旧をAIで支援するだけでなく、AIコーチングによる人材の育成で対応できるようにしたい。

 日本はAI分野で巻き返して、国として産業競争力の向上に寄与できるか。

 ビッグデータやAIには米グーグルのような圧倒的なプレイヤーがいるが、その一方で個別の産業分野では勝ち目があると思っている。AIを活用することで競争力を向上させることは十分に可能と考えている。

米でも「すごいもの」はあまりない

 例えば、米国でHRの分野のカンファレンスに行ったり、米国企業のHRのソリューションを見たりしても、「これはすごい」というものはあまりない。介護の分野でもそうだ。デジタルセンセーションが取り組んでいたユマニチュードでいえば、手法を支援するAI活用は日本だけで取り組んでいる。つまり日本で作ったAIを欧州などにも展開していくことができる。

ただ日本ではAIの基礎的な技術に精通したエンジニアが足りないとの指摘もある。日経ビッグデータでAI活用の支援企業を調査したところ、特にディープラーニングの人材不足が深刻であるとの回答が多くあった。

 現場のエンジニアの人材については、私が副主査を務めていた「人工知能技術戦略会議の産業連携会議AI人材育成タスクフォース」でも話題になっていた。日本のAI人材まだまだ育っていないので、母数を増やすのは重要である。その意味で、東京大学の政策ビジョン研究センターの客員研究員を務めているのは、社会人博士課程、経済研究課程向けの授業、ひいては様々な学科で使えるAIについての授業や教材を作りたいとの思いからだ。

 注目すべきは米国や中国のAI人材の動きである。コンピュータサイエンスの学科の数がもともと多いし、ものすごい勢いで増えている。ただ、各産業分野におけるノウハウが重要で、エレクトロニクスやメカトロニクス、医学、経済があってAIが重要になっている。米国ではコンピュータサイエンスと他の分野を習得するダブルディグリーが増えている。

 一方で日本は特定の分野に注力し、それを改善していくスピードが極めて早い。各産業の現場と研究者でPDCAを回していくことができれば、勝ち目があると思う。例えば、HRの分野で言えば、新卒採用だけでなくそれを配属や退職の予測にも横展開する、ヘルスケアの分野に適用していく、といった応用を非常に早い速度でこなすことができる。様々な分野でPDCAを回していけばデータセットが揃い、特定分野のAIを素早く育てていくことができる。日本人は器用なのでこうしたことができると思う。

 いずれにしてもエクサウィザーズのように社会課題を解いていくというAI会社にいい人材が集まってくると思っている。やはり、今後は「AI×産業」のように何かを掛け合わせたものが重要だ。

 視点を変えると私はリクルートにいたときは世界的なAI研究者であるアロン(・ハレヴィRecruit Institute of Technology CEO)を獲得した。どの人材会社もできなかったことで、私自身にはこうしたAIのトップ人材を獲得する力があるとも言える(笑)。

 エクサウィザーズの合併後最初の事業として人材教育に取り組んでいる。

 AIは難しい分野と思われがちだが、そうでもない。本腰を入れて学べば習得できる。ただ、AIの会社として教育をやっていく必要を痛感している。と言うのも、AIを利活用したいのだが、要件が決まっていない会社が多い。どういう利活用の可能性があるのかというところから顧客と要件定義していかないといけない。そうした要件定義などができる人材を獲得していきたいが、我々はコンサルティングファームになるわけではない。

顧客のリテラシーを上げて、AIの活用を進めやすく

 そこでAI活用の教育事業に取り組むことにした。潜在的に顧客となるような企業側のリテラシーを上げることで、利活用のアイデアを定めやすくする狙いがある。現場の担当者だけでなく、企業の役員向けのAIについての研修で講師を務めることもある。

 こうして顧客の側でのAI活用の成熟度が上がっていけば、AI活用ありきではなく、AIを活用した新しいアイデアが生まれてくる。エクサインテリジェンスが開発した、AIの学習済みモデルの活用プラットフォームである「exaBase」のようなサービスが本格的に活用されるようになるのではないか。こうした展開ができる点でも、両社を統合してエクサウィザーズとなってよかったと思っている。