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「小説も音楽もストレートだけではつまらない」平野啓一郎さん語る

『文学とワイン』刊行記念トークイベント音楽文学ワイン会より

文/写真:十代目 萬屋五兵衛 01.19.2017

ワイン、音楽、小説。人々を魅了する芸術分野の共通点は何か。芥川賞受賞の人気小説家・平野啓一郎さんを囲んだトークイベントのリポート。

1400年代のフランスを舞台に、神学僧である主人公が体験する神秘な世界を描いた小説作品『日蝕』(新潮社)。人気小説家・平野啓一郎さんの代表作で、平野さんはこの作品で第120回(1998年)の芥川賞を受賞しました。

その後も『決壊』(新潮社)や『ドーン』(講談社)などの作品で話題を呼んでいる平野さんが参加した書籍『文学とワイン』(青幻舎)が、昨年12月末に発行されました。こちらは文学とワインの魅力を一冊にまとめたもので、平野さんを含めた10名の作家が名を連ねています。

この『文学とワイン』の刊行記念イベント「CD『マチネの終わりに』、『文学とワイン』刊行記念トークイベント 音楽文学ワイン会」が昨年12月17日、東京都世田谷区のカフェ「SUNDAY」で開催されました。ナビゲーターは『文学とワイン』著者の山内宏泰さん。ゲストは平野啓一郎さん。

なおCDの『マチネの終わりに』は、平野さんによる同名の最新小説作品(毎日新聞出版)に登場するギター曲を集めたもの。こちらのリリースも併せて記念したイベントです。

平野啓一郎さん

著者の山内さんは美術、写真、文芸の分野で活躍しているライターで、実は書籍『文学とワイン』そのものが、山内宏泰さんがナビゲーターとして催してきたイベント、文学ワイン会「本の音夜話(ねやわ)」の全10回分がまとめられた内容となっています。

「本の音夜話(ねやわ)」は、ワインショップ・エノテカ 銀座店併設のカフェ&バー「エノテカ・ミレ」で開催されてきたイベント。平野さんをはじめとした人気作家を招き、ワインを飲みながら文学やお酒の話を語り合うというものです。ゲストの作家と参加者全員がワインを味わいながら、普段はなかなか聞けない作家の本音を聞くことができるのが特徴。文学ファンはもちろん、その作家の作品を一度でも読んだことのある人であれば、作品の見方が広がるというのがだいご味のイベントでした。

今回の刊行記念イベントでは大きなテーブルの両端に山内さんと平野さんが座り、山内さんや平野さんと同じテーブル、あるいはそのテーブルの周りで参加者が囲んで話を聞くというスタイルがとられました。ナビゲーターやゲストと直接対話しているような雰囲気です。

平野さんの乾杯からスタート。参加者全員がワインに口をつけ始めると、それまで場に漂っていた緊張が溶けたように感じました。

この日提供されたのは、ボルドーワイン「クラレンドル・ルージュ」。平野さんが文化庁文化交流使としてフランスに滞在した経験があることや、平野さんの作品からイメージしてエノテカがセレクトしました。

スムースかつエレガントな味わいに定評があるこちらのワインは、5大シャトーのひとつ、シャトー・オー・ブリオンと同じ醸造スタッフが手がけているのがポイント。最上級の技術を惜しみなくつぎ込まれつつも、比較的手頃な価格が魅力となっています。

平野さんはこの日、小説を書く際の苦労話や工夫点を披露しました。例えば、文章で味を伝えることの難しさ。また、小説と音楽には共通点があり、ストレートなメロディーだけでは読み応えのない作品になってしまうので、構成や登場人物でアクセントをつけること。さらには、絵画のような遠近法を意識した文章のことなど。

また、平野さんの話の中から、平野さんという小説家の隠れた一面をかい間見ることができました。1つは、メディアのインタビューを受けることについての葛藤。平野さんは比較的メディアへの露出が多い小説家ですが、インタビューで「一番伝えたいこと」を質問されると読者の意識がその回答内容に引っ張られてしまうので、本当はインタビューを受けない小説家に憧れているそうです。

この裏にあるのは、小説は読者が持つ個々の体験が組み合わさって成立するという平野さんの考え。また、逆に「小説を読むことそのものが、読者にとって重要な体験にもなる」ともおっしゃっていて、小説という芸術分野の様々な側面をあらためて認識できました。

平野さんは参加者の質問にも気張らず応じ、参加者はワインを含め、多面的なイベントの内容に満足そうな様子だったのが印象的でした。

ワインと文学の共通点

ライターの山内さんは書籍『文学とワイン』において、ワインと文学の共通点は「余韻を楽しみ、記憶として積み重ねられていく」ことだと述べています。

筆者は音楽分野をライターとしての専門としていますが、今回のイベントで、音楽、文学、ワイン相互の共通点を見いだしました。コンサートに足を運びステージ上で演奏するアーティストの姿を直に見ると、録音では感じられない本音が伝わってくるような気がします。つまり、アーティストという存在と作品の様々な側面が見えてくるのです。

これと同じで、対話を通じて小説家の本音に触れると、作品に対する感じ方が変わります。実際、平野さんの作品をイベント後に読み返してみたのですが、以前読んだ時よりも読書体験の深みが増したように感じました。

コンサートが終わった後の余韻はいろいろな言葉を使って表現できるものの、やはり言葉を超越した何かが存在します。そうした矛盾がある中で、いかにコンサートの中身を言葉で表現できるかが音楽ライターの腕の見せ所です。

どんな作家もきっと、おいしいワインを飲んだ後の余韻を言葉で表現しようとするとき、同じようなもどかしさを感じることでしょう。

イベント開場で販売された書籍『文学とワイン』、小説『マチネの終わりに』と同名CD
十代目 萬屋五兵衛(じゅうだいめ・よろずやごへい)
フリーライター
本名:高橋久晴。株式会社更竹代表取締役。大学卒業後、音楽業界から職業人歴をスタートさせる。制作、宣伝を中心に独自のマーケティング戦略で有名ミュージシャンやアーティストたちと多くのプロジェクトを成功させる。その後、飲食店開発の企業に転職し、飲食店をリアルメディアとしたマーケィング部門や、他業種のリアル店舗をつなげた新BGMサービス事業、フィットネスコミュニティ事業など、ライフスタイル事業を幅広くプロデュース。数社の役員を歴任後の2013年、家業の会社を軸に自身の経験を活かした企画コンサルティング事業を開始。「現代版よ・ろ・ず・や」というコンセプトを掲げ、多くの企業のプロジェクトに携わっている。

※萬屋五兵衛:1700年代から家系伝承されてきた職業名