本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」

足して造る酒じゃなく、引いて造る酒を目指した(前編)

第4回「松本酒造」・松本日出彦氏

文:本田 直之 / 編集協力:上阪 徹 / 写真:太田 未来子(特記なき写真) 05.19.2017

玄人たちが高く評価をしている日本酒。

これが、最もわかりやすい紹介かもしれません。予約の取れない鮨屋の大将がお気に入りに選んでいたり、僕のよく行く和食のお店にはしっかり置かれていたり。

香り控えめ。でもしっかりした旨みと、美しい酸。食事の邪魔をすることがない日本酒です。だから、食事にとても合う。最近では、日本酒好きな人たちばかりでなく、一般の人たちにもどんどん知られ始めています。

それが、松本酒造の日本酒です。

創業は寛政3年(1791年)。200年以上の歴史を持つ、京都・伏見の老舗。広大な敷地に広がる見事な蔵は、経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されています。僕もたくさんの蔵を訪問していますが、これほどの規模で、しかも雰囲気のある酒蔵はなかなかないと感じました。

ところが、これほどの蔵ですら、40年ほど前をピークに売り上げがどんどん減少していくという、厳しい事態に見舞われていたのです。そんな中、2007年に26歳で実家の松本酒造に戻り、後に杜氏として酒造りを大きく変え、兄とともに新しい世界を切り拓いていったのが、松本日出彦さんです。

■連載4 松本酒造 杜氏 松本日出彦氏

寛政3年(1791年)に創業した老舗の酒造。2007年に松本日出彦氏が杜氏となり、「澤屋まつもと守破離」などの日本酒を送り出す。玄人だけでなく最近では一般の人にも高い人気を誇る。

松本さんとは、連載第1回でご紹介した「鮨さいとう」で初めてお会いしました。僕は定期的に席を予約しているのですが、焼酎を造っている蔵元の友人から、とてもいいお酒を造っている友人がいるので連れていきたい、と言われました。それが、松本さんでした。2年ほど前のことです。

僕は当時、松本酒造のことを知りませんでした。少し話をして、とても興味を持ちました。何より経歴がユニークなのです。なんと、プロのDJを目指していたというのです。

2カ月後には蔵にお邪魔し、彼が子どもの頃から通っているという京料理の店で、彼の造った日本酒を飲みました。これは他の日本酒とまったく違うぞ、なんとも繊細な日本酒でした。

全国制覇やプロの意識を間近でかいま見る

以来、蔵を訪問したり、一緒に食事をしたり、というお付き合いを続けてきました。彼らは日本酒の原料となる米にもこだわり、銘柄によっては、ブルゴーニュのワインのように産地のみならず田んぼの場所まで指定しています。そのひとつ、東条地区の西戸の田んぼを見学し、彼の造った日本酒を飲みながら彼のDJを聴くという機会をもらったこともあります。まさにレアな体験でした。

そんな松本さん、なんと高校時代はラガーマンでした。しかも高校2年のとき、花園で全国制覇をしているのです。

「幼稚園からアメフトをやっていたんですが、行った高校はたまたまラグビーが強かったので、ラグビーに鞍替えしました。振り返るとやっぱり意識が異常に高かった部でした。日本一になるための、部員たちの意識の持って行き方、バイブレーションみたいなところは、大きな学びになったと思います」

しかし、骨折もあってラグビーキャリアはここまで。高校3年頃からはDJに興味を持って京都のクラブでプレイするようになり、関東の大学に進んでからは本格的な活動を始めます。

「大学でDJを教えてくれていた先輩が本当にうまい人で、こんなレベル高い人がいるんだと驚きました。結局、その人はプロのDJになるんですが、渋谷のクラブなど、ずっとついて回らせてもらっていました。ここでもプロになる人の練習の仕方や、意識の持って行き方みたいなところを、そばで見ることができたんです」