本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」

休みが多いからこそ、鮨屋として、いい仕事ができるんです。

第9回「すし処 ひさ田」・久田 和男氏(後編)

文:本田 直之 / 編集協力:上阪 徹 / 写真:宮田 昌彦(特記なき写真) 08.10.2017

岡山駅からタクシーで約40分。赤磐市の住宅街の真ん中に全国から鮨ファンが押し寄せる店があります。「すし処 ひさ田」です。

驚くことに、営業日が週に3日しかありません。金曜の夜と、土曜日曜の昼夜だけ。席はカウンター10席だけ。そして、こんな場所にありながら、おまかせで約2万3800円(税込み)、お酒を入れて2万7000〜2万8000円くらい。しかし、いつも予約でいっぱいです。

なぜなら、ここでしか食べられない鮨だから。ここでしか味わえない雰囲気があるから。

ひとつの特色は、地産地消です。瀬戸内の魚はもちろんのこと、米も岡山県産の酒米である雄町米をブレンド。日本酒も雄町米を使ったものだけを出すという徹底ぶりです。さらに、これも岡山で有名な吉田牧場のチーズを使ったユニークな鮨も出てきます。

料理と同じくらいに魅力的なのが、店主の久田和男さんです。鮨を握っている姿は真剣そのものですが、ときどきお茶目な姿が見える。彼の人柄に、この店の雰囲気に惹かれている人も少なくないようです。

実は久田さん、家は福岡にあります。週3日、岡山で仕事をして、週4日は福岡で過ごしている。働き方も含め、なんともオリジナリティに溢れた久田さんのスタイルに迫ります。

もっと価格を上げないと、自分が成長できない

岡山の住宅街にお店を出した久田さん。開店4年目に業態を一新し、どこにでもあるお鮨屋さんから、おまかせ1本に絞り、価格もそれまでの客単価の倍に当たる1万円に引き上げました。客足はいったん途絶えかけましたが、地産地消にこだわった鮨が評判を呼び始め、地元以外からの新しいお客さんを少しずつ獲得していきます。

ところが、久田さんはさらに大胆な道を選びます。

「客単価を1万円から、徐々に上げていったんです。問い合わせの電話が入ると、値段をいうんですね。あれ、この前は1万円だったんじゃないですか、なんて文句を言われることもありました。1万円から2万円に一気に上げちゃえばよかったんですが、さすがにそれはできなかったので1万2000円、1万5000円、1万6500円と、ちまちま上げていった。そこで苦情もきましたね(笑)」

値段を伝えると、もういい、と電話を切られてしまうこともあったそうです。それでも、久田さんは折れませんでした。

「値段だけで判断してしまうお客さまがいらっしゃらなくなってもしょうがない、と割り切っていました」

値段を上げた分、いいネタが出せて、いいサービスができれば、と久田さんは考えていました。同時に営業日数を減らしていきました。週3日はこの10年ほどですが、それ以前から週4日営業がほとんどだったといいます。普通は週6日のお店が大半というのにです。

「いい仕事をしていくには、自分がまず楽しめて、心がものすごくいい状態で、生活にぎちぎちにならず、ゆとりある気持ちで対応していかないといけない、と考えていました。だから、週3日と決めたんです」

鮨屋は、ただ食事をするだけの店じゃない。食事中の会話など、お店を訪れること自体がお客さまにとってエンタテインメントにならなければ。お客さまが楽しんでくださる舞台にならなければ。久田さんはそう考えていました。いい舞台にするためには、店主である自分のモチベーションを高めないといけない。だから価格を上げたのです。

「ものすごくプレッシャーはありました。値段を上げれば緊張しますし、いつお客さんが来なくなっちゃうのかな、という怖さもあった。でも、あえて値段を上げて、その値段にふさわしい鮨が出せるようでなければ、自分は成長できないと思ったんです」

価格が高ければ、お客さんに満足してもらうためのハードルはどんどん上がっていきます。この値段でこれかよと思われたら、二度と足を運んでもらえなくなる。

たとえ高価格でも、「また行きたい」とお客さんに思ってもらえるかどうか。久田さんは、それをつきつめようと考えました。価格を上げれば、いいネタが出せます。自分のやりたいこともやれる。そうなれば、いいお客さんがお店につくようになります。

「一生懸命仕事をしている料理人はたくさんいます。でも、自分の料理を安い値段で提供しているために、実力を出せない人が多いはず。僕もそこで苦労していました。だから、思い切って値段を上げてみた。自分にとって納得いく価格を設定したら、今度は言い訳ができない。自分もお客さまも満足できる仕事をするしかなくなるんです」

ABアプリ