本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」

三つ星レストランに卸す農業をやる、と決めました。

第10回「梶谷農園」・梶谷ユズル氏(前編)

文:本田 直之 / 編集協力:上阪 徹 / 写真:諸石 信(特記なき写真) 08.31.2017

契約レストランには、日本を代表する星付きレストランの名前がずらり。ミシュランで三つ星の「カンテサンス」「カセント」、二つ星の「Hajime」「レフェルヴェソンス」「ラシーム」など……。しかも、すでに150軒ほどの契約レストランがあるそうですが、ウェイティングリストには300軒も並んでいるとのこと。

外国からシェフが訪れることも少なくありません。今、世界ベストレストラン50で35位にランクインしている、パリで大人気のネオビストロ「セプティム」のシェフは、オープン前に2カ月ほど滞在して修業していました。国内のみならず、世界のシェフが注目しているのが、梶谷農園なのです。

扱っているのは、ハーブやエディブルフラワー。梶谷農園は、わかりやすく言えば、ハーブ農園です。たしかに「農園」なのですが、そのイメージで捉えると完全に間違えます。オーナーの梶谷ユズルさんは、自分をこう呼んでいます。

「スーパースターファーマー」

実際、僕がよく行くレストランでは、とても有名な存在です。しかも、自分たちが作れる量を認識していて、無理に取引先を増やしたりしない。それこそ、有名レストランが列をなして取引を待っている。これもあながち誇張ではありません。

梶谷農園のホームページを見ると、面白いフレーズがトップページの下のほうに書かれています。

「梶谷農園社長は日本語が話せないので、現在、新規の視察、取材、お問い合わせ電話、新規取引をお断りしております。ご了承ください」

言うまでもありませんが、ジョークです。ちょっと変わったこういうユニークさ、オリジナリティもまた、オーナーの梶谷さんらしいところです。

農園があるのは、広島。山の中、といっていいと思います。ここに、星付きレストランには、なくてはならない野菜を作っている農場があるのです。実のところ、梶谷さん自身、まったく農家に見えないのですが。

今や世界に知られるようになっているスーパースターファーマーがどのようにしてできたのか、ご紹介していきましょう。

■連載10 梶谷農園 オーナー 梶谷 ユズル氏

広島県三原市久井町で、希少なハーブや野菜を栽培している「スーパースターファーマー」。星付きレストランにはなくてはならない野菜を作る農園のオーナーとして、世界中の高級レストランから注目されている。

高級レストランだけに向けた農作物を作る

(写真提供:本田直之氏)

フレンチといえば、かつては前菜、スープ、メインの魚、肉、デザートというのが、ひとつの流れになっていました。これが変わってきたのは、10数年ほど前。一皿が小さくなり、10皿ほど出てくることが多くなっています。しかも、野菜を使った料理が増えました。

象徴的なのは、第7回でご紹介した「Hajime」の師匠でもあるフランスの三つ星レストラン「ミシェル・ブラス」の名物料理ガルグイユです。この名前でネット検索すると山のようにお皿の料理が出てきますが、要するに大変な種類の野菜を使う料理なのです。

野菜のスペシャリスト、アラン・パッサールシェフのパリ三ツ星「アルページュ」のようなレストランも出たことで、その流れは加速しています。

ただ、ヨーロッパはさておき、こういった料理を日本でやろうと思ったら、そのための野菜やハーブがなくてはならず、それらを提供してくれる農家がなければならないのです。

高級レストランだけに向けた農作物を作る。こういう農家は、日本にはほとんどありません。そしてこの分野で、ダントツのトップをひた走っているのが、梶谷農園です。列をなしてレストランが取引を待っているほどですから、ニーズは極めて高い。もっともっと農家が増えていっていい領域です。

梶谷農園のオーナー、梶谷ユズルさんは1979年生まれ、38歳です。もともと両親が2人とも東京農業大学を出てハーブ農家を営んでいました。ハーブが売れるなどということを多くの農家が知らない当時、年商は1億円を超えていたほどだったそうです。

「いろんな視察で、よくフランスやスペインに行っていました。3人兄弟の末っ子なんですが、なぜか僕ばかり海外に連れて行かれまして。広島の田舎に住んでいましたが、海外に出ると、こんなに広い世界があるんだと驚きました。野菜も日本にはないようなものがたくさんあって、興味が湧きました」

梶谷さんは、中学校2年でカナダに留学することになります。

「長男が先にカナダに行っていたんですが、早く来たほうが英語も覚えられるし、いいぞ、と。両親もオーケーしてくれて」

もう今はないそうですが、「マックスウェル」という名の全寮制の学校でした。大変な山の中にあり、大都市ならビクトリアまで車で1時間。自然以外何もないところでした。

「ここに世界の50カ国くらいから子どもが集まってきていて。毎日が修学旅行みたいでしたね(笑)。目の前に大きな湖があって、裏に山があって。魚釣りをしたり、山でハイキングをしたり」

宗教学校だったこともあり、費用は年間200万円ほどだったそうです。ここで、高校までを過ごします。大学は農業に興味があったこともあり、トロントから車で1時間ほどの山の中にあるゲルフ大学に進みます。農業学校です。

「オフィスとかで働けるようなタイプではなかったですから。趣味は植物でしたし(笑)」

家飲み酒とも日記