本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」

最初のお客さんは、パリの三つ星レストランでした。

第10回「梶谷農園」・梶谷ユズル氏(後編)

文:本田 直之 / 編集協力:上阪 徹 / 写真:諸石 信(特記なき写真) 09.07.2017

有名レストランが列をなして待っているスーパーファーマー。それが梶谷農園です。現在、150軒ほどの契約レストランがあり、ウェイティングリストには300軒ものレストランが並んでいるそうです。

契約レストランには、日本を代表する星付きレストランの名前がずらり。三つ星の「カンテサンス」「カセント」、二つ星の「Hajime」「レフェルヴェソンス」「ラシーム」など……。今、世界ベストレストラン50で35位にランクインしている、パリで大人気のネオビストロ「セプティム」のシェフは、オープン前に2カ月ほど滞在して修業していました。

何を扱っているのかというと、ハーブやエディブルフラワー。梶谷農園は、ハーブ農園なのです。ただ、「農園」なのですが、そのイメージで捉えると完全に間違えます。

農園があるのは、広島。山の中、といっていいと思います。ここに、星付きレストランには、なくてはならない野菜を作っている農場があるのです。梶谷さん自身、まったく農家に見えないのですが。

今や世界に知られる農園がいかにできたのか、後編です。

前編はこちら

売り先となるレストランをゼロから開拓しないといけない

中学2年でカナダに留学、以降もカナダ、アメリカで園芸を学んだ、梶谷農園のオーナー、梶谷さん。日本に戻って父親が作ったハーブ農家を継ぐことになりましたが、好きなことをやっていい、と言われて彼がフォーカスしたのが、これでした。

「三つ星レストランに卸す農業をやる」

それまで海外での学校での学びや、父親に同行しての海外の農家、星付きレストランの視察で、気づいたことがありました。それは、農業には大きな可能性がある、ということです。

「自分たちが作った農作物をただ納めるのではなくて、レストランのシェフが求めているものを細かく聞いて、それを作っていく。そういう農業をしたいな、と」

しかし、当時は作ったものの8割を、国内の市場で買ってもらっていました。市場を通すとどこでもそうだと思いますが、どの店に入ったか、といったことはわかりません。

代が変わったということで、梶谷さんは市場に挨拶に行きます。そこで、求めているものは何ですか、と聞いてみたら、こんな返答があったそうです。安定感、見た目のきれいさ、安さ。

「そんなのオレ、やっぱりやりたくない、と思ったんですよね。季節感も大事ですし、見た目が悪くても、香りとかを重視するシェフだっている。だったら、そういう人たちに自分で売っていこう、と考えたんです」

2007年に日本に戻ったとき、相当な時間がかかる、と覚悟を決めていました。

「本などを読むと、土作りに3年かかるとか、職人的なことが書いてあるんですよ。ああ、これは当分は通用しないな、と思って一応、ハーブの種をまいて水をやってみたんです。そうしたら、ばかみたいに簡単にできて(笑)。何が3年かかるだよ、と(笑)」

(写真提供:本田直之氏)

ただ、問題はどこに売るか。売り先はゼロから開拓しないといけないのです。梶谷さんがヒントを得たのは、書籍でした。しかも、まったく別ジャンルの書籍です。

「僕はけっこう本を読むのが好きなんです。いろいろ読んでいたら、日本酒の『九平次』さんが実家の蔵元を継いで新しい商品を作ったとき、日本で売るんじゃなくて、パリに持っていった、と書いてあったんです。三つ星レストランの「ギィ・サヴォワ」や「ピエール・ガニェール」に卸している、と」

パリの三つ星にも置いてある日本酒、という触れ込みが、日本で効いた。これだ、と思ったそうです。もちろん味もすばらしかったわけですが、この売り方は参考にできると考えたのです。そしてここで、過去に父親と行ったレストランがあったことを思い出します。当時、パリで最も予約困難で人気だった三つ星の「アストランス」です。

「シェフのパスカル・バルボに会いに行きました。僕が農家だと知ったら、すごくかわいがってくれたんです。キッチンに連れていってくれて、こんな野菜を使っているんだよ、と教えてくれて。それで、日本から持っていった僕の野菜で料理してくれる?と聞いたら、パスカルがいいよ、と。一緒に写真も撮ってもらって」

(写真提供:梶谷ユズル氏)