本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」

天ぷらは揚げ物じゃない、蒸し物です。

第11回「天ぷら くすのき」・楠 忠師氏(前編)

文:本田 直之 / 編集協力:上阪 徹 / 写真:上野 英和(特記なき写真) 09.14.2017

名古屋に、全国から食通が集う天ぷら店があります。

正確に言えば、「お店から選ばれたお客さんだけが通える」天ぷら店、といってもいいかもしれません。

なぜなら、誰もが入ることができるわけではないから。予約がなかなか取れないどころではない。選ばれた人しか予約する権利が取れない。完全紹介制、完全予約制で、最初は常連さんに連れていってもらわないと行けない店なのです。

ホームページはありますが、ただムービーが流れるだけ。お店の住所も電話番号も書いてありません。メニューも何もない。それが、くすのきです。

僕が初めて行くことができたのは、2年前。

お店のことは知っていましたが、行く機会はないかな、とあきらめていたとき、定期的に通っていたアンジャッシュの渡部健さんから、予約を取っているので行きませんか、と誘ってもらったのでした。ラッキーでした。

行ってみて思ったのは、とんでもない店だということです。

あらゆる点で、天ぷら店の常識を覆されました。味だけではありません。例えば、天ぷらを食べに行くと、お皿のところに紙が引いてあり、天ぷらを乗せると油が付きます。ところが、くすのきではまったく油が付かないのです。最初から最後まで、です。だから、油物を食べている感じがしない。

考えてみれば、天ぷら業界は鮨業界のように30代、40代の若い大将が独立し、洗練され、時代に合った料理に進化させるという動きはほとんどありませんでした。その意味で、くすのきでは天ぷらの大きな進化を感じました。象徴的なのは、大将の楠忠師さんのこんな驚きの言葉です。

「天ぷらは揚げる料理じゃないんです。脱水しながらの蒸し料理なんです」

カウンター6席のみ。お店の立地は決して良くありません。驚くべきことに価格も決まっていません。時価です。平均客単価は5万円前後になると思います。東京ではなく、名古屋で、です。そして名古屋の飲食店では当たり前の「飲み物持ち込み」は禁止。さらに、スタート時間が決まっていて、遅刻は厳禁。

それでも全国から、わざわざ交通費を使ってお客さんがやってくるのです。

興味深いことに「食べログ」に点数がありました。3.07。決して高くない。しかし、本当は違う。知っている人はちゃんと知っているのです。だから、日本中の食通が集う。メディアでの紹介は本邦初だと思います。大将の楠さんのインタビューをお届けしましょう。

(写真提供:本田直之氏)

■連載11 くすのき 店主 楠 忠師氏

2003年開業。名古屋市内にある完全紹介制、完全予約制の天ぷら店。カウンター6席のみ、食事は一律スタートで遅刻厳禁、価格は時価にもかかわらず、全国から食通が訪れる。天ぷらのクオリティの高さに加え、天ぷら以外の料理も出るなど、天ぷら店の常識を変えた店として知られている。

くすのきの素晴らしさ。そのひとつは、言うまでもなく料理です。もちろん、おいしい天ぷら屋として知られているのですが、実は出てくる料理は天ぷらだけではありません。これは、楠さんの経歴、さらには彼の考える料理というものへの思いによるところが大きいと思います。

楠さんは1972年生まれ、45歳。中学卒業とともに、調理科のある高校に在学しながら岐阜県の柳ケ瀬にある割烹で調理師としての修業を始めます。3年後、親方の紹介で名古屋の料亭に移り、そこから3軒の料亭で働き、研修で京都や大阪でも働いていました。

そして最後に働いた料亭で、天ぷらに惹かれることになります。

「お店の一角に天ぷらコーナーがありました。僕は副料理長の立場でしたので、そのコーナーを任せてもらう機会があったんです。実はそれまでは、いずれ日本料理店を開いてみたいと思っていたんですが、ここで天ぷらに魅了されてしまったんですね」

これは魔法の料理じゃないか

その店は、東京のルーツを汲んでいました。天ぷらも、本物の江戸前のスタイルだったのだそうです。

「それまでにもちろん天ぷらは学んでいたんですが、自分がやってきた天ぷらとは違ったんです。何より、これは最も難しい料理だと思いました」

日本料理の仕事は、仕込みの段階でミスがあったとしても補うことができます。チェックする人がいますし、計量器で分量を量ったり、タイマーで時間を計ったりもできる。

「ところが、天ぷらの場合は、ぶっつけ本番なんです。一瞬一瞬の真剣さが問われるわけですね。失敗したので捨ててやり直す、というわけにもいかない。そもそも、切って味見して、お客さんに渡すというわけにもいきません。食べてもいないのに、どうしておいしいと言って渡せるのか。僕が最初に思ったのは、これは魔法の料理じゃないか、ということでした」

もともと修業時代から、勉強熱心な料理人でした。料理の本もよく読んでいたり、コピーさせてもらったりしていたのだそうです。周囲には、そんな若い料理人はいませんでした。

「だから、同世代の料理人とは話がまったく合わなくて、料理人の友達はあまりいなかったですね(笑)。あいつやり過ぎだ、とか、お前がおるから休憩できん、と言われたりしていました」

ある時、富山の「なれずし」の文化について書かれた本を夢中になって読んでいたそうです。そこで麹(こうじ)菌に強い興味を持ちました。

「親方が、日本料理は漬け物に始まって、漬け物に終わる。野菜と塩だけでおいしくできない料理人は、塩梅(あんばい)がわかっていない、とよく言われていました。でも、麹の作用や動き方は目で見えないのに、なぜいまだに味もぶれずにできるのか、ずっと疑問に思っていたんです。こういうのは、日本人の繊細さから生まれているんじゃないか、と」

軟水の島国。清い水から生まれた、昔からの伝統文化だと思っていたのだそうですが、これが、天ぷらへの関心と重なっていきます。

「どうして油なのか。どうして湯じゃだめだったのか、ということなんです」

BARガイド