本田直之の「賛否両論=オリジナリティ」

自分は鮨職人じゃない。お客様に楽しんでいただくのが仕事です。

第15回「鮨 とかみ」・佐藤 博之氏(前料理長、後編)

文:本田 直之 / 編集協力:上阪 徹 / 写真:大槻 純一(特記なき写真) 11.22.2017

2013年秋、『ミシュラン東京2014』で1つ星を獲得。新規の鮨店が1店だけだったこともあって、一気に話題になり、大きく知名度を上げることになりました。東京・銀座の「鮨とかみ」のことです。

なんといっても最大の特徴は、しゃり。與兵衛(よへえ)の赤酢を使ったとかみのしゃりは、そこまでやるか、というほどの色の濃いしゃりなのです。味も濃い。初めて食べる人は、みんなびっくりします。ところがこれ、一度食べたら忘れられないのです。強烈に記憶に残る。

そして、もうひとつの特徴が、マグロのレベルの高さです。それもそのはず。積極的にオープンになってはいませんが、店の出資者の一人は、マグロ仲卸日本一「やま幸」の山口幸隆さんだから。日本の鮨の名店は、ほとんどが山口さんからマグロを仕入れています。

山口さんがイチオシだったという「突先」の手巻きが、とかみでは、いきなり最初に出てくるのですが、これが本当にうまい。突先は、マグロの頭の脂が乗っている部分。この珍しい部位と、強烈な個性を持った赤酢のしゃりとの組み合わせが、絶妙なのです。

最高のマグロを扱い、この店を星付きの鮨店へと作り上げたのが、佐藤博之さんです。驚くべきことに、なんと鮨の世界に入ったのは、25歳のとき。それまでは、グローバルダイニングでサービスの仕事をしていたという異色のキャリアの持ち主です。その後、独立して、銀座にとかみを出したものの、お客さんが来ない。絶対絶命の危機をどう乗り越えたか。インタビュー、後編です。

(写真提供:本田直之氏)

中途半端が一番良くない。何にしても、どーんとやらないと

銀座に店がオープンしたものの、閑古鳥の日々。こうなると負の連鎖が起きてしまう、と佐藤さんは語ります。

「当初はテーブル席もあって、カウンターは10席。そうすると、2組4人入っていても、結構な空間が空くわけです。おいしいけど暇な店なんだ、何かちょっと寂しいよね、と思われてしまう。おいしいと言ってもらっても、やっぱりお客さんの空気はもうびんびんに伝わるんです」

これは、グローバルダイニングでの経験が大きかったといいます。

「グローバルダイニング時代は、お客さんにリピートしてもらうための感覚や技をたくさん教わったんですよね。会計を見たときの顔色だったりも、ちゃんと見ているわけです。そうすると、うーん、みたいな反応があるわけです」

ただ、その一方で、気に入ってリピートしてくれるお客さんもいました。

当時からずっと今も通い続けている人も少なくないといいます。その理由の1つが、特徴的なシャリでしょう。これが、クセになるのです。

「最初から突先の手巻き寿司を出して、おつまみを何種類か出して、握りに行く、というスタイルは、ずっと変わっていないんです。シャリも最初から、與兵衛の赤酢でやっていました」

(写真提供:本田直之氏)

佐藤さんは前に働いていた店でも、いろいろな試行錯誤をすることができる環境にありました。しかも、山口さんの一番いいマグロを触らせてもらっていた。そこで、最高級のマグロにはこれだ、というシャリを見つけることができていたのです。もちろん、独特のシャリも、そうそう簡単に生み出せたわけではありません。

「いろいろ配合を試してみたりするわけです。そうすると、もうワケがわからなくなっちゃうんです。何が正しいんだか、おいしいんだか」

それこそ何種類も混ぜてみたり、その中でバランスを考えていったりする中で、気づいたことがありました。

「中途半端が一番良くない、ということです。何にしても、どーんとやらないといけない。それに気づいて、何か吹っ切れたんです。毎日、10ミリリットル足したり、さらに10ミリリットル足したり、なんてことをやっていましたけど、結局は炊き上がる米の状態も日によってまったく違いますし、10ミリリットルって意味ないな、と思って。それで、どーんと足してみたんです」

白酢を否定するわけではまったくないと言います。あれはあれで、おいしい。しかし、中途半端にはっきりしないことが問題なのだ、と。

「結果的に、ここで差別化できたのかな、という思いはありますね。当時はそこまで色の濃いシャリはなかった。見た目が半端ないですから。なので、その段階でダメ、という人もいましたよね」

まさに賛否両論が巻き起こったのです。それでも佐藤さんは折れませんでした。オリジナリティを貫いたのです。

「それこそ、ネタにシャリを合わせる、という発想がありましたが、僕はシャリにネタを合わせよう、と考えました。シャリありきで、そこに魚を合わせる、という方向性にしよう、と。ぜひ、シャリを楽しんでほしいんです、きっとクセになりますから、と。実際、最初は違和感があったんだけど、だんだんおいしくなっていって、帰り際にはまた食べたくなっている、みたいに言われたことは少なくありません」

(写真提供:本田直之氏)

もとより、こんなシャリの鮨はなかったのです。みんな知らなかった。知ってもらうことによって、比べる対象ができた。これは、他にはない差別化できる赤酢のシャリだったからです。そして、ここにまた来たい、と思ってもらえるようになっていったのです。