鉄道フォトジャーナリスト・櫻井 寛の “口福”の出張駅弁

駅弁発祥?の地、宇都宮駅の復刻弁当を食べる

第1回 「汽車辨當」・宇都宮駅(東北新幹線/東北本線/日光線)

文:川岸 徹(ジャムセッション) / 写真:櫻井 寛、松廼家、スタジオキャスパー 04.14.2017

出張時の楽しみの1つが駅弁や空弁だ。慌ただしいスケジュールの中で、手軽にお腹を満たしてくれる便利なアイテムであると共に、地元の食材を使ったその土地ならではの味わいは、張り詰めた心をほっと和ませてくれる。
鉄道フォトジャーナリストの櫻井寛さんセレクトによる、ビジネスパーソンの利用が多い新幹線停車駅の駅弁を紹介する本コラム「“口福”の出張駅弁」。記念すべき第1回の駅弁は?

「第1回に登場する駅弁は、栃木県の宇都宮駅で販売されている『汽車辨當(きしゃべんとう)』です。この汽車辨當から、日本の駅弁の歴史は始まりました。発売されたのは、1885(明治18)年7月16日。日本初の私鉄である日本鉄道が延伸され、宇都宮駅が開業した日です。駅のホームでは、竹皮に包まれたおにぎりが販売されました。これが駅弁誕生の瞬間といわれています」(櫻井さん)
※「汽」は旧字。つくりの中に「米」が入る

駅弁が生まれた地

とはいえ、駅弁の歴史についてはいろいろな説がある。宇都宮駅ではなく、上野駅、大阪駅、神戸駅などが“駅弁発祥の地”として名乗りを上げているのだ。

「確かに諸説がありますね。でも、私は宇都宮発祥説の信ぴょう性が最も高いと思っています。日本の鉄道の歴史は、1872(明治5)年の新橋~横浜間の開業によって始まりました。当時は“食まかりならず”とのお触れが出され、列車内での飲食が禁じられていたようです。もっとも、新橋~横浜間の所要時間は1時間程度でしたから、食事の必要もなかったのでしょう。それが、1885年の宇都宮駅開業により、車内での食事が認められるようになった。そうした状況の変化に合わせて、駅弁が誕生したというのは十分に考えられることです」(櫻井さん)

さらに、宇都宮の汽車辨當については、日本鉄道が製作した詳細な資料も残されていたという。

「残念ながら、その資料は第2次世界大戦中に空襲によって焼失してしまいましたが、資料には『梅干入りごま塩握り飯2つに、タクアンを添えて、竹皮に包んでホーム売り。5銭』と書かれていたそうです。宇都宮の旅館・白木屋が製造し、販売したということも分かっています。非常に具体的でしょう? 上野、大阪、神戸など駅弁発祥を唱える他の駅には、こうした資料すら残されていません」(櫻井さん)

汽車辨當は長らく廃番となっていたが、2002(平成14)年に宇都宮で弁当の製造などを手掛ける松廼家(まつのや)が復刻。梅とゴマのおにぎり1つずつに加え、隣接する足利市の農家が育てた「いっこく野州どり」を使った鶏ごぼうの肉団子やひな鶏のカツ、野菜の煮物などのおかずも添えられている。

歴史を感じさせる丁寧な復刻

復刻を手掛けた松廼家の星野至紀さんはこう話す。「宇都宮は駅弁発祥の地でありながら、それに因んだお弁当がなかった。ですから、お客様に喜んでもらえるよう、汽車辨當を再現したいと思ったのです。初めは『発売当時と同じスタイルで』と考えましたが、飽食の時代である現代ではそうはいかないだろうということで、おにぎりと相性がいいおかずを加え、幕の内弁当風のスタイルにしました」

とはいえ、主役はあくまでおにぎり。おにぎりは1つ150gと、コンビニエンスストアなどで扱うものよりひと回り大きい。「発売当時の汽車辨當はおにぎりと漬物のみでしたから、さぞかし大きなおにぎりだったのだろうと想像したのです。それに、当社には『駅弁のおいしさは華やかなおかずより、ごはんにある』というポリシーがあり、他の駅弁には玄米や古代米、もち米なども使っています。『お客様に、おいしいごはんをたくさん食べてほしい』という思いが人一倍強いんです。復刻に当たって様々な産地のコシヒカリを用いて試作を重ね、冷めてもおいしい筑波産のコシヒカリを選択しました」(星野さん)

こうした経緯で誕生した2つのおにぎり。「ゴマたっぷりおにぎり」は白炒りゴマの風味と健康を、「梅混ぜご飯おにぎり」は刻み梅干しの色合いと風味、さらに梅干しによる保存効果を意識したものだという。櫻井さんのお気に入りは後者の梅混ぜご飯おにぎり。「塩加減がちょうどよく、宇都宮に行くたびに食べても、全く飽きません」

汽車辨當の蓋を開けると、中央には竹の皮で包まれたおにぎりが鎮座している。発売当初と同じこの竹の皮を左右に開くと、大ぶりのおにぎりが顔をのぞかせる仕組みだ。それだけの単純なことに、なぜだか心がほっこりと和んでいく。

「歴史を感じさせる丁寧な復刻です。お弁当のパッケージは、竹皮をイメージした背景に発売当時の駅弁とC57形の蒸気機関車が描かれている。鉄道ファンにはたまりませんよ。この駅弁を食べると、ハードな出張も楽しい気分になってくること請け合いです」(櫻井さん)

「汽車辨當」・宇都宮駅(東北新幹線/東北本線/日光線)
製造元:松廼家
価格:800円
※「汽」は旧字。つくりの中に「米」が入る

櫻井 寛(さくらい・かん)
鉄道フォトジャーナリスト
1954年、長野県生まれ。昭和鉄道高校を経て日本大学芸術学部写真学科を卒業。世界文化社写真部勤務の後、フリーに転身。趣味は「乗り鉄」、仕事は「撮り鉄」、好物は「駅弁」という鉄道ひと筋の人生を送る。著作は90冊以上、コミック『駅弁ひとり旅』(双葉社)の監修も。年間250日以上は取材旅行で各地を飛び回っている。東京交通短期大学客員教授。