鉄道フォトジャーナリスト・櫻井 寛の “口福”の出張駅弁

岡山駅「桃太郎の祭ずし」──“倹約”のために生まれた“豪華”な郷土料理を駅弁に

瀬戸内の海の幸を優しい味付けで堪能できるロングセラー

文:川岸 徹(ジャムセッション)/写真:櫻井 寛、スタジオ キャスパー 06.13.2018

  • ギャラリー1
  • ギャラリー2
  • ギャラリー3
  • ギャラリー4
  • ギャラリー5
  • ギャラリー6
  • ギャラリー7
  • 岡山駅前の桃太郎像。犬、猿、キジを連れた凛々しい姿で岡山市内を見守る
  • 岡山駅の駅弁売り場。主役はやはり「桃太郎の祭ずし」だ
  • 路面電車・岡電の「たま電車」。和歌山電鉄のスーパー駅長・たまをモデルにして大人気に
  • 岡山電気軌道、通称「岡電」。向かって右は水戸岡鋭治さんデザインのMOMO(9200形)。たま電車や東武日光軌道線復元号など様々な車両が楽しめる
  • 宇喜多秀家が豊臣秀吉の指導を受けて築城、1597年に完成を見た岡山城。黒い外観から「烏城」の愛称も
  • 瀬戸内海の夕景。“日本のエーゲ海”とも評される美しさ

出張時の楽しみの1つが駅弁や空弁だ。慌ただしいスケジュールの中で、手軽にお腹を満たしてくれる便利なアイテムであると共に、地元の食材を使ったその土地ならではの味わいは、張り詰めた心をほっと和ませてくれる。鉄道フォトジャーナリストの櫻井寛さんセレクトによる、ビジネスパーソンの利用が多い新幹線停車駅の駅弁を紹介する本コラム「“口福”の出張駅弁」。第18回は、瀬戸内の海の幸を満載した「桃太郎の祭ずし」を紹介する。

江戸時代、岡山藩初代藩主の池田光政が発令したのは「食事は一汁一菜に限る」という質素倹約の御触れ、いわゆる“池田の殿様の倹約令”だった。とはいえ、領民たちにしてみれば、今まで通りおいしいものを食べたい! そこで生まれたのが岡山県の郷土料理「ばら寿司」。種類豊富なおかずをすし飯に混ぜて隠し、見た目だけ一汁一菜のスタイルにしたのだ。

そんなユニークなエピソードを教えてくれた櫻井寛さんも、ばら寿司は大好物という。「岡山は瀬戸内海に面していて、新鮮な魚がたくさん獲れます。もともと食材に恵まれた土地ですから、おいしい料理をたくさん食べたいという領民の気持ちは、よ〜く分かります」

ばら寿司を駅弁にしたのは、岡山市の三好野本店。1781(天明元)年に米問屋として創業したのが始まりで、明治時代には高級旅館「三好野」に転身。その後、岡山駅が開業すると、駅弁の販売を始めたという。

ばら寿司の駅弁が生まれたのは1963(昭和38)年のことだ。三好野本店は、当時を振り返ってこんな話をしてくれた。「岡山県ならではの駅弁を作りたいと思い、ばら寿司を弁当にできないかと考えました。ですが、酢飯にいろいろな具材を混ぜ込むと日持ちがしない。そこで、酢飯の上に具材を並べる形を採用したのです。ばら寿司とは少し違うので、新たに『祭ずし』とネーミング。さらに岡山らしさをアピールしようと、桃太郎にちなんでピンク色の桃型の容器も開発しました」

誕生から55年。「桃太郎の祭ずし」は定期的に食材の見直しを図りつつ、今も進化を続けているという。この夏一部リニューアルする「桃太郎の祭ずし」には、錦糸玉子を敷き詰めた酢飯の上に、10種類以上の具材がのせられている。岡山名物の「ママカリの酢漬け」をはじめ、「海老煮」「鰆の酢漬け」「アサリ煮」「タコの酢漬け」「焼き穴子」「タケノコ煮」「シイタケ煮」「青菜漬け」、そして箸休めの「酢蓮根」や「紅生姜」。どれから手を付けるのがいいか、実に悩ましい。

「本当に豪華なお弁当でしょう? パッケージを開けた瞬間のワクワク感は“日本一”だと思います。特に海の幸が充実していて、海なし県(長野県)出身の僕にはこれ以上ない贅沢。いつでも種類豊富な魚介類が食べられる岡山の人がうらやましいですよ」と櫻井さん。オススメの具を尋ねたら、「う〜ん」と考え込んでしまった。「甲乙付けられませんよ。それぞれが、とてもいい味わいなんです。ご飯の酢の効き具合がちょうどよく、どのおかずもおいしく食べられます。希少性という点では、ママカリの酢漬けでしょうか。ママカリは、関東では『サッパ』と呼ばれるニシン科の魚で、名前の由来が面白いんですよ。この魚があまりにもおいしかったために、ご飯(まま)を食べ過ぎて足りなくなってしまい、隣の家に借りに行った。それから、『ママカリ』と呼ぶようになったそうです」(櫻井さん)

確かに、酢飯も玉子も酢漬けも煮物も、関西風のちょっぴり甘めの味付け。一方で酢の利かせ方はソフトで、“優しい”味わいに箸が進む。そして、この甘酸っぱい味が、柑橘系の酎ハイと実によく合う!

食べる順序はお好みだが、櫻井さんはいつも穴子から入り、最後は海老煮で締めくくるという。「そんなに深い理由はないんですよ。穴子はさっとつまみやすいから最初。海老は殻を剥く時に手が汚れるので、途中で手を拭くのが面倒なこともあり、最後に食べるんです(笑)」

「桃太郎の祭ずし」誕生55周年を記念して作られた「黄金祭ずし」。2018年9月発売予定

味わいのみならず、値段も1000円と財布にも非常に優しい。豪華な具のラインアップを思えば、コストパフォーマンスは極めて高いと言えるだろう。「実は、岡山駅は“乗り換え駅”としても有名なんです。山陰や四国への玄関口であり、小京都・倉敷への旅の拠点にもなる。私自身も、そうした乗り換え駅として岡山駅をよく利用します。そして気が付くとつい、『桃太郎の祭ずし』を手に取っているんです。このお値段でこの味はなかなかないですから(笑)」

岡山駅のメインとなる東口。駅構内は2006年に大幅改築が行われた
岡山から1時間足らずで、四国のターミナル高松駅に到着した寝台特急「サンライズ瀬戸」(右)
朝の光を浴びながら瀬戸大橋を渡る寝台特急「サンライズ瀬戸」を鷲羽山の展望台より撮影
「桃太郎の祭ずし」・岡山駅(山陽新幹線/山陽本線/宇野線/津山線/桃太郎線)で販売
製造元:三好野本店
価格:1000円
櫻井 寛(さくらい・かん)
鉄道フォトジャーナリスト
1954年、長野県生まれ。昭和鉄道高校を経て日本大学芸術学部写真学科を卒業。世界文化社写真部勤務の後、フリーに転身。趣味は「乗り鉄」、仕事は「撮り鉄」、好物は「駅弁」という鉄道ひと筋の人生を送る。著作は90冊以上、コミック『駅弁ひとり旅』(双葉社)の監修も。年間250日以上は取材旅行で各地を飛び回っている。東京交通短期大学客員教授。