ネオンとオンナ

ゲス不倫時代における「カラ嫉妬」の壊滅的インパクト

高スペックT君をつかまえたゆるふわ妻が見せたもの

文:鈴木 麻友美 02.16.2017

不倫にはいつの時代も被害者がいる。が、同情したいのは「なんもしてないのに、ただ疑われる層」。みんなしてるからあなたもしてる/するでしょ許せないわムキー!理論を持つパートナーにより、このサイレントマジョリティが生み出されている。嫉妬心のムダづかい、「カラ嫉妬」について考えてみた。

どこもかしこもゲス不倫である。

ちょっと前までは「文化」って言い切る人もいたわけだけど、今や明るみになったら最後、世間様全体に向けて謝罪したり、社会的制裁を受けなきゃいけない。

で、不倫にはいつの時代も被害者がいる。浮気をされた側や直接の裏切りを受けた人がもちろん最大の被害者だが、私が同情してしまうのは、不倫という人類永遠の課題によって被害を受けている最大ボリュームゾーン、サイレントマジョリティとでも呼ぶべき、「なんもしてないのに、ただ疑われる層」である。

嫉妬心のムダづかい、それが「カラ嫉妬」

みんなしてるからあなたもしてる/するでしょ許せないわムキー!理論を持つパートナーが、そのサイレントマジョリティを大量に生み出しているのである。疑われた方からすれば完全なるとばっちりだが、 嫉妬というのはそこに身をやつすと、どんなに聡明な人でも客観性や冷静さを失ってしまうもの。

逆に、別れたり恋心が冷めたりした瞬間に「あれ、なんで私、あんな人をみんなが狙ってるって思って焼きもちを焼いてしまっていたんだろう」と、急につきものがとれたような感覚を味わうことがある。恋の終わりはいいものではないが、あの感覚は己の精神構造を客観的にとらえられるアハ体験のようで好きだ。自分の主観なんてだいたい思いこみだ、と謙虚にもなれる。

男は浮気するもの(もちろん女性だって)、遊びは遊び、そう思ってドーンと大きく構えるか、それとも不確実の未来におびえて心をかたくして過ごすかは本人の自由。とはいえ、わたしも30余年生きていると、「その嫉妬、あんま意味ないですよ」と言いたくなるシーンをしばしば目撃する。

ものすごく雑な言い方をすると、そんなにイケてない男性の妻や彼女にかぎって束縛が激しいのである。これは、終電間際の駅改札あたりでイチャついてるカップルがイケてない率とおなじくらいの体感値。

そんな嫉妬心のムダづかい、仮に「カラ嫉妬」と名付けよう。