ネオンとオンナ

ポストバブル世代の体感年収のあげかた

文:鈴木 麻友美 06.30.2016

最近、中流アラサーの男性が、高級寿司屋に行く姿をよく見かける。この「ひとり鮨男子」、普段は節約しつつも時にはぜいたく、という“体感年収”の上限ラインをあげる新しい生き方を示している。

鮨屋の予約がとれない。

とれないと嘆いているのは銀座界隈のお金持ちのおじさんではなく、中流アラサーの私およびまわりの友人たちだ。

お気に入りの鮨屋に行こうと思い立っても空きがあるのは数週間数カ月後だし、「三谷」や「さいとう」だったら年単位で待たなきゃいけない。

海外からの観光客がガッツリ予約を持ってるって報道も見かけるけれど、実際に店側に聞くとそこまでではないらしい。

じゃあ、景気が上向きになっている証拠?それもちょっと違う。

現に総務省の家計調査では、可処分所得が30年前以上レベルに落ち込んでいるらしい(2人以上の勤労者世帯)。

これだけ物価も消費税もあがっているのにだ。なんだかなぁ。そういえばふと己の収支を整理したところ新入社員時代レベルの可処分所得の月があった。就職活動時に予測していた年収のあがり方と実際の曲線がちがうことに気づいたのは、リーマンショックの後だったことも思い出した。

でも私はなけなしのお金を握りしめて鮨を食べにいく。

そう予約がとれくなっているのは、私のような人間が今までお金持ちの大人しか行かなかったような鮨屋にこぞって行くからなのだ。

「ひとり鮨男子」が示唆するもの

先日、札幌の鮨金という鮨屋に行った。

大将のセクシーかつ華麗な動きとわざわざ築地経由で仕入れている北海道のウニに多幸感を覚えていたら、おずおずと1人の青年が入店してきた。ラフな格好をしたアラサー青年。東京から1人で来たようで、時折熱心に大将に質問をしていた。

東京や金沢の鮨屋でも、そんな同世代の男性が1人で恍惚と鮨と対峙している風景によく出くわす。

モデルケースな友人が身近にいるので聞いてみた。

友人遠藤さん(仮)は、フリーランスで広告やデジタルの仕事をしている30代独身。100m先からでもわかる系のイケメンである。仕事もできる。

けれど結婚する気配は無さそうだし、休日はアイドルのライブや握手会にいそいそと出かけている。割合モテるだろうに、わんさかにいる妙齢女子を脇目に10代の美女の発掘にいそしんでいる。金遣いが荒いわけでは無いが、時々いいアートピースも購入しているっぽい。

彼いわく「東京の鮨は割高だから、地方の注目株の鮨屋にいく。1人なら予約がとれない店でも突発的にとれたりする。いい鮨屋に行く時はちょっと背伸びしたいし鮨と向き合いたいから、女の子を連れてくってのは違う」と。

銀座の鮨屋で見かけるおじさんはきれいなお姉さんや仕事相手を連れている。かつての鮨は、贅沢の象徴でありドヤ系もてなしの最高のツールだった。だから1人単価×2名分以上払えるような層がメインだったのだ。

頼むワイン次第でお会計が青天井になるようなフレンチに比べて、鮨屋はそんな心配もないところが私たちに優しい。そもそも異性の友人と鮨屋に行く時だって各々払う。

食べログさえ見ていれば意外と明朗会計だし、酒に疎くてもネタに合ったものをだしてくれる。産地が重視され素材の良さを最大限引き出すことが絶対正義で、すばらしい職人仕事がほどこされている。これってポートランドやブルックリンより何より上質の極みかもしれない。

なるほどなあ、コーヒー屋に2時間並んで「上質な暮らし」を追求する「サードウェーブ男子」なんて都市伝説だろ! と思っていたけれど、あれは表層の表層であって、この「ひとり鮨男子」が、サードウェーブ男子の実態かと合点がいく。

コーヒーに2時間並ばないけど、極上の鮨のためなら1年でも2年でも待つし5万でも出す。