ロジックよりマジック

細部に神と悪魔が共棲している 大友克洋さんも参画「バベルの塔」展より

文:関橋 英作 06.26.2017

ピーテル・ブリューゲル1世「バベルの塔」Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands
ピーテル・ブリューゲル1世「バベルの塔」Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

人生にマジックを。あなたの生き様に素敵なマジックを起こすヒントを探るこのコラム、今回は、かの有名な絵画「バベルの塔」がテーマ。絵の細部に宿るのは神か、それとも悪魔か。芸術家たちの作品を読み解きつつ、ディテールへのこだわりを人生に活かす方法を一緒に考えてみましょう。

細部には神と悪魔が共棲している。「バベルの塔」展を観て、最初に感じたことです。日本では「神は細部に宿る」が一般的なのはご存じだと思いますが。西洋でも"God is in the detail"が先にあって、そこから派生して悪魔版‟Devils in the details.”ができたそうです。

今回、ブリューゲルの「バベルの塔」(ボイマンス美術館版)を初めてご覧になった方の第一印象は、小さい!でしょう。59.9×74.6センチ。雲をも貫いて、神に近づこうとする塔の意図を知っているだけに意外さはぬぐえません。画集やポスターなどで見ていて、大きなイメージが植えつけられているせいでしょう。

なにしろ、海と空を従えての遥かなる風景画。そこに突如出現した巨大な塔。何かが起こることを示唆するような暗雲。これだけのおぜん立てをされて、小さな絵を想像する方が無理というものです。

しかし、このモンスター建築を支えているのは、実はディテール。この小ささで、人混みの展示会場では、なかなかそこまでは確認することができないのが残念です。今回は、この細部にこそ神や悪魔が潜むことをお話ししたいと思います。

小さい絵の中に、1400人もの労働者

この絵の圧倒力。その秘密は、ブリューゲルの緻密な構成力と描写力にほかなりません。この塔では、いまなお1400人もの労働者が働いている。まさに、永遠に終わることのなさそうな建築作業です。彼らは、絵画上ではコメ粒ほどの大きさしかありません。持参した単眼鏡でやっと彼らの存在がわかる程度です。

ではなぜ、ブリューゲルはこれほどまでに細部にこだわったのか。それは、当時のネーデルラントで隆盛していた画風に理由があります。

15世紀から16世紀にかけて、スーパースターとして広くその名を知られていたヒエロニムス・ボスの存在です。「快楽の園」「聖アントニウスの誘惑」が著名ですが、ボスの描いた油彩画はわずか25点ほどしか現存していません。今回の展覧会にボスの絵が2点きていますが、とても稀有なことでこれも見逃すことができません。幸運です。

ヒエロニムス・ボス「聖アントニウスの誘惑」Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands
ヒエロニムス・ボス「聖アントニウスの誘惑」Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

世紀末に腐敗した宗教界を批判して、聖書に基づいた寓話をテーマにして描き続けたのがボス。その絵には、見たこともない怪物が跋扈(ばっこ)し、世も末かと思わせます。人間を飲み込むモンスターの様子がリアルに描かれている。それは、人間の貪欲さが生んだ異形。恐ろしいけれど、なんだかユーモラスに迫ってきます。

その画風は、ベースは宗教画ですから観念的メッセージがモチーフ。広い世界の中で起きる出来事を、ひとつずつきめ細かく、かつ独特な色彩感覚で描いています。ボスの絵は1枚見るのに30分かけても飽きないほどです。それだけ、ディテールが踊っている。間違いなく神と悪魔がひしめいています。

私はそこに惹かれて、大好きになりました。もうだいぶ前ですが、ボスの絵を見るために、スペイン、ポルトガルへ。ボス・モンスターツアーでした。

当然、ブリューゲルはボスの影響を受けざるを得ません。絵の修行を終えた彼は、ボス風の銅版画の下絵画家としてすぐに頭角を現します。彼の初期作品「ネーデルランドの諺(ことわざ)」を見てもわかる通り、民衆たちの愚行を画面いっぱいに事細かに描き上げています。第2のボスとして人気を博しました。

この諺が面白いので二つほど。「クッションの上で悪魔を縛る女」(男勝りの強い女)、「柱を噛む男」(偏執狂的な信仰をもつ人間、偽善者)。いまも変わりませんね、人間模様は。

ボスにしてもブリューゲルにしても、画面を存分に使って、様々な人間物語を一枚の絵巻物のように表現しています。ひとつの物語は数センチかもしれませんが、それが集まってできあがるのが、大きな世界。まさに、ディテールの仕業。しかし、そこを疎かにしてしまうと世界は破綻してしまう。みなさんのお仕事でもそうではないでしょうか。概念や建前が先行してしまうと、細部の具体性が欠如する。結果はご承知のとおりです。

今回のバベルの塔展には、そうした細部への配慮というより、畏敬の念がこめられていました。

そのひとつが、東京芸術大学の取り組み。クローン文化財という複製特許技術です。三次元データや最新の印刷技術を駆使。いままで培ってきた保存修復技術とコラボレーションさせたのです。

色彩から顔料の盛り上がり、表面の質感にいたるまで本物に近い複製作品。クローンのように同じ遺伝子が生きているかのようです。これによって、災害時などの失われた文化財の復元や、美術展で作品に触れることも可能になります。

その技術を使って、バベルの塔の細部に侵入。ブリューゲルの絵を300%に拡大。約160センチ×200センチという、まさにバベルの塔として出現させたのです。やっと、イメージ通りの大きさになりました。また、絵の中の人間の大きさから算出すると、バベルの塔は約510メートル。都内に現れたとしたら、最も巨大な建物になります。ちょっと、見てみたい!

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