ロジックよりマジック

踊りで暑さを熱気に 祭りのマジックの秘密

文:関橋 英作 08.10.2017

夏と言えば祭り。祭りには人を魅了する何かがある。夏祭りの盆踊りでいちばん大事な足の踏み鳴らしには、あるマジックが隠されています。誰にでもできる祭りのマジック、その深層にある日本人の意識と伝統を探ります。

夏だ祭りだ。この季節は、人を狂わせる。じっとしていられず、民族は大移動を始める。その中心にあるのが「お盆」。ご先祖様の霊をお迎えするために、みんなせっせと帰省やらの旅にでる。そこには、日本人のDNAに刻まれた深層があるに違いありません。

そうして人は、祭りに出かける。もうすでに、ご近所の神社や商店街の祭りは始まっていることと思います。

ご承知の通り、どんな小さな町にも村にも祭りがあります。毎年行われるものもあれば、数年に一度の祭りも存在する。共通するのは、その日のために、一年間のお稽古。また山車などの制作。みんなせっせと心を向かわせる準備をする。その結実が祭りなのです。

それだけの労力をかけてするのですから、祭りを実行し参加する人たちだけでなく、地元の見物客や遠くからやってきた異邦人にとっても、興奮エネルギー体験。その渦中にいるだけで、無意識に何かを感じているはずです。

汗をかきながら浮かれる姿は滑稽ですが、日本人の原型でもある。祭りのときは、上も下もなくみんなが平等。年齢性別、仕事、地位なにもかも忘れて盛り上がってしまいます。

祭りは宴会の形をとるところから

その不思議な祭り。多くは、寺社仏閣が主催していて、祀り(まつり)ということで神様と深い関係にあることは容易に想像されます。ですから、楽しいばかりではなく厳かな空気感もある。では、そんな祭りはどうやって生まれたのでしょうか。

民俗学者の折口信夫さんによると、祭りは宴会の形をとるところから始まったそうです。祭りに、遠いところから「まれびと」と呼ばれる神様がやってくる。めざすは、集落の大きな家。ときには、大勢の伴神(ともがみ)を連れてくることもある。そこで神様たちを饗応するのが、その家の主人の役目でした。このとき、主人は舞い、謡う。神様の側もそれに呼応して儀式的な舞踊を行ったということです。

もともと主人の願いは、まれびとの力で、家や土地につく悪いもの(悪霊)を屈服させてもらうこと。しかし、こういう儀式を繰り返しているうちに、舞や謡の熟練度が増してきてうまい下手の批評が生まれる。またそれを鑑賞する自由までもが発生し、儀式は芸能に変化していったようです。

そして、何やらにぎやかな祭りが大店のところで行われていると、当然のように近所の人が集まってくる。障子に穴をあけてのぞき込む子供のように、ぞろぞろと。こうして、饗応は芸能になり、そして大宴会に変化していくのです。(折口信夫著『日本藝能史六講』・講談社学術文庫)

現在でもそうした形態をのぞき見ることができます。天の岩戸もここにあったと言われている、宮崎県高千穂。ここには、この原初的な光景が夜神楽として残っている。民家で行われる三十三番の神楽。それを見に多くの人が、夜を徹して詰めかけるのです。まさに、大宴会の態です。

また、こうした祭りの原初形態の多くが東北地方に残っています。みなさんご存じなのが、正月の晩に村々の家を訪れる怪物「なまはげ」。舞や謡ではありませんが、民家にまれびとが訪れるという形はしっかり残っています。

愛知県や静岡県、長野県などの山里で行われる冬の祭り、霜月神楽(花祭りや雪祭りなど)も原初的な祭りの形です。いずれも踊りは朝まで続き、観客の方はお酒で心も踊ります。

やはり祭りには、酒と踊りがつきものでした。

盆踊りがもつ独特のマジック

由緒ある祭りもいいのですが、この夏はまずはお近くの盆踊りで。盆踊りに潜むマジックを、間違いなく体感できます。

この盆踊りの起源、諸説ありますが、平安時代に空也上人の始めた踊り念仏がもとになっているとも。それが民間習俗と重なり、念仏踊りに変化。それが盂蘭盆会(うらぼんえ)の行事と結びついて、祖霊を迎える死者の供養行事として定着していったようです。

初期の盆踊りは、死者を迎える意味を持っていたので、家の前で輪になって踊り、家人はごちそうをふるまっていた。また、頰かむりをして顔を隠し、死者の生き返った姿を演じていたとも言われます。

鎌倉時代になると、一遍上人が全国にそれを流布。裸同然で踊る人が現れるなど一大ブームが巻き起こりました。室町時代には、太鼓などの鳴り物も入り、江戸時代に絶頂期を迎えたのです。ただの騒いでいるような盆踊りですが、日本人をとらえて離さないようなマジックが潜んでいるのですね。

中沢新一さんは、こうも言っています。

「夏の時期の精霊来訪の祭りは、のちのち仏教化されて、お盆の行事となったけれど、そこには「古代人」の思考の原型がはっきり残っている。

盆踊りの古いかたちを見てみると、村の人々が村の外からなにか目に見えない霊を迎え入れ、渦を巻き込むようにして踊りはじめる。生きている者と精霊がいっしょになって、円陣をつくってグルグルと村の広場で夜を徹して踊るのである。

最近の縄文遺跡の発掘でいよいよあきらかになってきたことは、縄文人たちが自分たちの村を円環状につくり、その真ん中にできた広場に、死者を埋葬していたという事実である。昼間は広場に立ち入ることを慎んでいた人たちが、夜になると広場に集まってくる。そして、死者を埋葬した上で、踊るのである。」

(中沢新一著『古代から来た未来人 折口信夫』・筑摩書房より引用)

つまり、祭りや踊りや芸能は、歴史の中の様々な要素が混在して、時間という経過の中で変化を重ねてきたもの。盆踊りには、それが隠されているのです。

運を上げたければ、祭りで足を踏み鳴らせ

私も毎年のように、ご近所の盆踊りに出かけています。お寺や神社の境内がいいのですが、スーパーの駐車場だろうと空き地だろうと構いません。要は、お囃子(はやし)にあわせて踊ること。

盆踊りの、ドどんどドン、あーそれそれ。シャシャンのシャン。あれがたまりません。浴衣と太鼓とビールのにおい。これだけで、血が騒いできます。なにやらマジックの入り口のような。

今年も早々に行ってきました。中野あたりの天神神社の盆踊りと、西荻おわら風の舞。前者は典型的な地域の盆踊り。近所の人が子どもを連れてはしゃぎまわる祭り。後者は、江戸時代から続く越中八尾の「おわら風の盆」という祭り。富山市八尾地区の静的で優雅な踊りと囃子です。その踊りを東京にもってきて5年。意外に見物人も多かったです。

笠を深々とかぶり顔もよく見えません。(初期の盆踊りの頰かむりでしょうか?) 足踏みや手拍子も音が聞こえないくらい。しかし、広げた両手や柔らかい足の踏み方を見ていると、なにか不思議な引力を感じてきます。女踊り、男踊り、組踊り。みんなが参加する輪踊り。お囃子は三味線、太鼓になんと胡弓。リズムよりも音調を感じさせる祭りです。

とはいえ、いわゆる盆踊りと背中合わせの対になっているのを感じました。

大地と手足の関係です。特に、いちばん大地とコンタクトしている、足。みなさんも見たことがあると思いますが、能・狂言や歌舞伎で、足をドンと踏みつけ音を立てる所作。舞や感情を表すときにやるものです。

反閇(へんばい)といいますが、地面に足をドンと踏みつけて、悪い霊魂が頭をもたげてこないように、地下に踏みつけておく行為なのです。

天照大神が天の岩戸にお隠れになったとき、出てくることを願い、天宇受売命(あまのうずめ)があられもない姿で桶(おけ)のようなものを突き踏み鳴らしたと記されているのが、反閇の起源。魂を呼び覚ますと同時に、悪霊を抑えつけることでもあるのです。

つまり、盆踊りのいちばん大事なのは、足の踏み鳴らし。これで、悪霊を抑え込む。運の悪さとおさらばできるかもしれません。難しいことはありません。すぐに踊れます。周りで眺めてばかりいるのはもったいない。輪に入って力一杯踏み鳴らす。これが、誰にでもできるマジックです。

そうやって、悪霊を封じ込めたら、あとは酒を飲む。これがいちばん身近な祭りのやり方です。近頃、悪いことばかりが続くと思われている方は、ぜひ。

とりあえずマジックのゲートをくぐったら、あとは祭りへまっしぐら。もう始まっていますが、いまからでも遅くありません。まだまだ、夏も祭りも続きます。今年、祭り三昧の夏はどうでしょう。

8月から9月にかけての祭りを少々。

■郡上踊り(7月から9月初めまで約30夜にわたって)。岐阜県郡上八幡。道路や広場に屋形を置いてそのまわりを輪になって踊り続ける。音頭が響いてにぎやかです。

■新野の盆踊り(8月中旬)。長野県阿南町。こちらは鳴り物のない、比較的静かな盆踊り。500年以上も続いている踊り神送りの式です。

■沖縄全島エイサー祭り(9月中旬)。米国政府による「オフ・リミッツ(米軍人、軍属、家族が民間地域に出入りすることを禁ずる規制)」によって沈んだ町の景気を盛り上げるために生まれた祭り。まさに、祭りの力で元気を取り戻すマジックです。

■おわら風の盆(9月1日〜3日)。前述した、富山市八尾地区で本物が開催されます。

みなさんも、ご自分で調べてマジックの強そうな祭りに出かけてみてください。見えなかったものが、身近に感じられるようになるかもしれません。また、秋は神社で収穫の祭り。冬も厳しい季節だからこそ行う祭りがあります。冬の語源は、「ふやす」。太陽光の薄くなったことを危惧した人間が、エネルギーをふやす目的で始めたと言われています。

祭りはもちろん単なるイベントではありません。想いの強いもの。でも、深刻になることはないのです。

閉塞的な社会のいまだからこそ、祭りに向かう。また、ネットが浸透したバーチャルな世界の反動として、祭りで「場」を共有する。

いろんな日本文化が消滅しかけていますが、祭り、花見、初詣は若い世代も何の疑問もなく継承しています。無意識のスイッチが動き始めたのでしょうか。

夏くらいは、浮かれることも許されます。おわら風の盆では、三日三晩踊り明かすのですから。歴史が交錯する盆踊りや祭り。その中から、これからみなさんに必要なマジックが必ず見つかります。

さて、さて、日頃のロジックを捨て、ちょいと祭りマジックへでかけましょう。

関橋英作(せきはし・えいさく)

1949年青森県八戸市生まれ。外資系広告代理店J・ウォルター・トンプソン・ジャパン(現JWT)に入社し、コピーライターから副社長までを歴任。

その間、ハーゲンダッツ・アイスクリーム、英会話スクールNOVA、デビアス・ダイヤモンド、ネスレ・キットカットなど多くのブランドを育て、広告賞も多数受賞(ニューヨークADC賞、ACC賞、ギャラクシー賞、NYフィルムフェスティバル賞、クリオ賞など)。

特にキットカットでは、いまや受験生のお守りになったキャンペーンを展開。クリエイティブ部門の責任者として、AME賞(アジア・マーケティング・イフェクティブ賞)グランプリを2年連続受賞するなど大成功を収めた。2009年のカンヌ国際広告祭では、日本初となるメディア部門グランプリを、投函できるキットカット「キットメール」キャンペーンで受賞。

現在、クリエイティブ・コンサルタント。ブランディングをする会社MUSB(ムスブ)の代表取締役&クリエイティブ戦略家として、主として企業のブランディング、広告戦略・制作、マーケティングを行う。

そのほかに、東北芸術工科大学企画構想学科教授、木の暮らしと文化を伝える・一般社団法人木暮人倶楽部理事、八戸市任命の八戸大使。企業研修、各種セミナー、講演、執筆などを行っている。

著書に『ある日、ボスがガイジンになったら!? 英語を習うよりコミュニケーションを学べ』(阪急コミュニケーションズ)、『チームキットカットの、きっと勝つマーケティング』(ダイヤモンド社)、『ブランド再生工場―間違いだらけのブランディングを正す―』(角川SSC新書)。『マーケティングはつまらない?』(日経BP社)など。

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