生きるチカラの強い女性へ

処方箋6 手紙だからできる熱量の高い伝え方。背伸びせず「等身大」の自分を

文:ひきた よしあき / イラスト:神谷 一郎 01.15.2018

仕事一辺倒でキャリアを重ねるのはもう古い? それよりも大切な家族と一緒に豊かな時間を過ごし、人生を謳歌する女性が少しずつ増えている。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが、そんなスマートで力強い女性たちに会い、その魅力的な「生き抜くチカラ」を探る。第6回は、手紙の書き方を教えている女性のお話。「熱量の高い手紙」を教える彼女の過去を探っていくと……。

青木多香子さんから昨年、3通の手紙を頂いた。

「……うまい!」

一読してドキドキした。目を閉じると風景が浮かんだ。色彩とリズムが記憶の奥底に残って、思い出すとほんわかとして温かい気分になる。手紙の書き方を教える先生とは知りつつ、その筆致に恋をしそうになった。

どんな文章修行をしてきたのだろう。興味本位でインタビューを進めると、彼女には3つの原点があった。

ひとつは、子どもの頃の経験だ。歌人の祖父が戦前から月に一度、歌集を出していた。青木さんも子どもから歌を詠んでいたそうだ。6歳で詠んだ歌に、

「ゆりの花 きれいに咲いた まっしろに
 おもての庭の 明るいひなた」

がある。なるほど文章のリズムと色彩は、歌人に囲まれて育った中で培われていたのだ。

二つめは、アメリカ留学。ジャーナリストを目指して高校を出て渡米した青木さんは、セント ノーバート カレッジからミシガン州立大学に進む。そこでジャーナリズムの理論と実践を学んだ。様々な人をインタビューする術を覚えたことが、後にカウンセリングの仕事に進む礎となった。

三つめは帰国して、財団に勤務したこと。そこで代表の手紙の代筆をした。日本語と英語で招待状やお礼の手紙を書きまくった。

「はじめの頃は、真っ赤になるまで修正されて、トイレで悔し涙を流しました。『相手のことを思い描いて書いているのか?』と言われ続けました」

これが青木さんの文学になった。ジャーナリズムで鍛えた目が、風景を正確に描写する。それが「多くの人が感動しました」ではなく、「終了後、隅の席の人までが立ち上がってスタンディングオベーションをされ、鳴りやまぬ拍手がいつまでも続いていました」と場面に心情を重なる表現力を養ったのだ。

「独立してからは、発達障害の子どものケアをしたり、大学で海外留学生の就活支援をする仕事などもやりました。老若男女、日本人から海外の方まで、とにかく多くの人にお会いしました。そのひとつひとつの出会いを通じ、自分が関わり、書くことで、人が癒やされたり、元気になったりする喜びを仕事にしたいと思ったんです」

青木さんは今、多くの人に手紙の書き方を教えている。その講座に多くの女性が訪れるという。

「手紙は、熱量を伝えるものなんです。紙、文字、文章、切手、こうしたもので気持ちを伝えていく。SNSやメールは昨日読んだ内容を今日は覚えてない。手紙は、10年前のものであっても封を切った瞬間の記憶が蘇ります。書くことをあまり難しく考えなくていいんですよ。盛ったり背伸びすることなく『等身大』の自分を出す。シンプルに相手の気持ちを考えることで、手紙はぐんと上達します。義務で書くものではないですからね」

別れたあと、青木さんに手紙を書きたくなった。少しでも熱量の高い手紙が書けるよう、丸善に入りセピア色のインクを買った。

「ゆりの花 きれいに咲いた まっしろに・・・」

と、幼い頃の青木さんのリズムを思い出しながら、手紙の書き出しを考えあぐねている。

ひきた よしあき
1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。