「飲む」「食べる」のお仕事のひと

AIもロボティクスも、目的は人生をテイスティにすること。

バルミューダ代表 寺尾玄さん(後編)

聞き手:カンパネラ編集部 / 文:西本 美沙 / 写真:大槻 純一 08.29.2017

扇風機。トースター。炊飯器。いずれも家電量販店に行けば、格安に手に入るものばかり。けれども2003年設立のバルミューダは相次いでヒットを飛ばし、典型的な「成熟分野」であるこれら日用家電の分野に殴り込みをかけ、大手家電メーカーの虚をついた。同社の創業者である寺尾玄氏は「私たちが届けたいのは家電じゃないんです」と言う。では、なにを届けたいのか。自伝ノンフィクション『行こう、どこにもなかった方法で』(新潮社)を執筆した寺尾氏に聞いた。

(中編はこちら

──寺尾さんの自伝『行こう、どこにもなかった方法で』(新潮社)にも書かれていましたが、寺尾さんは何かしたいと思った時に全く知識がなくても、勉強はせず、とにかく先に始めますよね。どこで身につけたんですか?

寺尾:きっと父親の影響だと思います。私が小6か中1くらいのとき、父親が急に陶芸を始めたんですよ。40歳を過ぎて、窯やろくろを買いはじめたと思ったら、半年後には陶芸家になっていた。え、なれるんだ。と子供心に新鮮でしたね。

40歳にして突然陶芸家になった父に教わったこと

寺尾:実はその頃、父は母と離婚していました。私と弟の兄弟2人を育てながら、家計も大変なのに、自分で好き勝手に道を切り開いていった。なんだ、人生、好きにやっていいんだなと感じましたよね。

その後、母親が亡くなり、高校を中退し、スペインを放浪したのち、私は音楽の道へ進みました。スペインでBoss(ボス)と呼ばれ人気があったブルース・スプリングスティーンに影響を受けたんです。すごい、と思うと同時に、私もできるんじゃないか、と。銀座の山野楽器でギターと好きだったバンドのコードブックを買ってきました。

コードブックを見ると、だいたい4つのコードしか使っていない。C、G、Am、Fを覚えれば1曲できる。だから、それを並べ替えて自分の曲をつくり始めました。ギターを買って半年ぐらいで音楽事務所と契約したんですが、音階さえ知らない状態でした。

10年くらい続けた音楽の道を諦めて、ものづくりをやることにしたときも同じでした。町工場を一軒一軒訪ね歩いて、たまたま出会った親切な工場で工作機械の使い方を教えてもらって、この手で製品をつくり始めました。いまつくっている家電も、体系的に学んだものはひとつもありません。

私は、学びたい、と思いません。いつも何かをつくりたい、何かになってみたい、から始まっています。それを実現するために何を学べばいいかを考えて、最短ルートを選ぶようにしています。ギターを弾くためにギターを買ったのではなくて、ロックスターになるために曲をつくりたいからギターを買った。ものがつくりたいから、ソフトの使い方を勉強し、工場で旋盤の使い方を教わった。昔もいまも、これからも、この行動パターンは変わらないと思います。

最高の幸せは感動を共感してくれる人がいること

──バルミューダは手に取った人に心踊るような体験を提供することをコンセプトにしています。寺尾さんの考える人生の醍醐味とはどのようなものですか。

寺尾:人生って短いんだと思います。おそらく長生きしたとしても、その短い中でよき味わいをいかに味わうかが重要だと、本を書きながら改めて思いました。私の両親は二人とも、強い個性の持ち主でした。彼らはその生き方や死に際から、多くのことを子供たちに教えました。どれだけテイスティな、味わい深い日々を過ごしているかが、一番大事なんじゃないかということです。もし、ビジネスが大成功することと、テイスティな人生を生きることのどちらかを選べと言われたら、私は間違いなく後者を選びます。

テイスティとは五感で感じられるよきものたちのことです。素晴らしい空を見たときもそう。でも絵の中の空にはそこまで感動しません。生身の体で空の下にいて初めて感動します。それで言うと食べ物も世界のすばらしさを感じさせる時があるんです。でも、それくらい感動する食べ物って大体、そう値段が高いものじゃない。

山登りの後のドライブインのカレーライスって最高ですよね。多くの場合、ご飯もほぐれていないし、カレーソースもべったりのっているだけ。なのに、もう死ぬほど美味いと思うことがある。

17歳のとき、私は高校をやめて放浪の旅に出ました。あの時の旅がいま、この場所まで続いているんだと感じています。そして思うのは、結局、どれだけテイスティな味わい深い日々を過ごすかが一番大事なんじゃないか、ということなのです。

あとは音楽ですね。音楽への夢は終わり、今の仕事をしていますが、やっぱり音楽の存在は私にとってすごく大きいです。

それに演奏って実はものすごく科学的な行動なんですよね。そもそも音階自体がものすごいものだと思います。Cはドミソですが、あの音はほとんどの人類が調和が取れていると感じる3和音です。一体なぜ、どの大陸の人もそう感じるのか。あの3和音はどうやって発明されたのか。

音階って、西洋音楽の場合はドレミファソラシドで、ドからドに戻り、その間が半音ずつで分かれています。1オクターブ違いの音は、周波数は違いますが共鳴が一緒なんです。どうやってそれを発見し、しかも共鳴が一緒の音をどうやって等分していったのか。あの発明はとんでもなく高度なテクノロジーです。しかも音楽は、その高度なテクノロジーを使ってものすごくアートな表現をしています。テクノロジーと生き物の感情みたいなものが掛け合わさったときに、たまにものすごく素晴らしいものが出来上がるんですよね。

そしてテイスティはとても重要ですが、もっと幸せなのは、そのテイスティをほかの誰かと共感できることです。人は自分の感覚を強く肯定されるとすごくうれしいですよね。私はその感覚、自分が気持ちいいと思う感覚を誰かに共有してもらってうれしくなることが社会の始まりだと思います。共感という感覚がなかったら、いまだに人は集まって生きていなかったんじゃないかな。

なので、私が思う最高の幸せは、音楽や食べ物、すばらしいものを見たり、聞いたり、食べたりした時に、その気持ちを共感できる相手がいる状態です。私がこの会社や商品で求めているのもその共感です。その共感を多くの人としたいから、今この仕事をしているだけなんです。

これは最初にヒットした扇風機を開発したときも、次のヒット商品であるトースターのときも、最新の商品である炊飯器のときも、みんな一緒です。モノが作りたかったのではなくて、私がとてもいいと思っているもの、最高の「風」を、最高の「トースト」を、最高の「ごはん」を、みんなと共有したかった。それがすべての製品づくりのベースにあります。

バルミューダが考えるロボティクス

──バルミューダは新しい体験を提供することに注力していますが、これから挑戦したい分野はありますか。

寺尾:今後もキッチンで使う道具は拡充させていくので秋には新商品を発表できると思います。ほかの事業として準備をしているのはホームロボティクスです。3年前から開発を進めています。

技術進化でロボットやAIが出てきていますが、まだ有用なロボットってあまり出てきていない。おそらく体験価値を提供していないからだと思います。

これから30年は色々な工夫や組み合わせで、おそらく技術的なゴールドラッシュがロボティクスの分野でやって来ると思います。地下に眠っているのが、金なのか石油なのか、まだ誰も掘り当てていません。掘り当てた人が勝ちますし、もちろん私たちもそこを狙います。

テクノロジーや道具は人の役に立つものです。ただ、5万年前の人類が求めていたものといま私たちが求めているものは違います。道具の使命は人間の作業の代替で、ハサミは歯の代わり、炎は胃袋の代わりです。炎で焼かなかったら食べられないので消化器官を助けるテクノロジーです。

類人猿から進化したばかりの最初の人々と、現代の私たちが道具に求めている一番の違いはなにか。昔は生き残るためだけに生きていて、そのための道具を必要としていました。でも今、少なくとも日本ではかなりの安全性のうえで私たちは生きています。そんな私たちは何が欲しいのでしょう。

繰り返しますが、私はそれは、テイスティな人生を過ごすことだと考えています。だから私たちが世に出すロボティクスは、人生をテイスティにするためのロボティクスです。楽しみにしていてください。

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