「飲む」「食べる」のお仕事のひと

がんになった夫のごはんがおいしくないのが、許せなかったんです。

料理研究家 クリコさん(前編)

聞き手・文:カンパネラ編集部 / 写真:竹井 俊晴 09.12.2017

この夏、『希望のごはん』(日経BP社)という本が発行されました。著者は料理研究家のクリコさん。最愛の夫アキオさんが、50代前半にして口腔(こうくう)底がんにかかり、固形物が一切食べられなくなってしまったとき、クリコさんは、病院で出されたごはんの「まずさ」に愕然(がくぜん)とします。

病人だからこそ、おいしいごはん、楽しいごはんが欲しいのではないか。クリコさんは、アキオさんのためにオリジナルの「見て楽しい」「食べておいしい」「もちろん健康にいい」究極の介護食の開発に乗り出します。

本書では、クリコさんが開発した見た目も味も最高の介護食のレシピと写真とともに、自ら「バカップル」と称するおしどり夫婦の日常生活と介護と闘病の日々がつづられています。

働き盛りの家族が突然がんなどの病にかかる。家族は、そして当人はどう生きればいいのか? 誰もが当事者になり得るこの課題に「希望のごはん」という答えを出したクリコさん。最高の介護食を開発する「ごはんのお仕事」について、お話をうかがいました。

クリコ
料理研究家・介護食アドバイザー。大手IT企業の広報として勤務中に、アキオと出会い結婚・退職。自宅で料理教室を始めるが、アキオに口腔底がんが発覚。「味が良くて、おいしそうな介護食」作りのノウハウを確立し、職場復帰を実現させる。

──『希望のごはん』には、口腔底がんにかかって、ごはんを噛(か)んで食べることができなくなった夫アキオさん向けに、クリコさんが開発した、さまざまな「介護食」のレシピが登場します。「介護食」というと、味よりも、見た目よりも、栄養第一の「流動食」というのが一般的なイメージですが、クリコさんのレシピは、今日も用意していただきましたが、レストランのテーブルに並んでいても、おかしくないほど「きれい」ですね。

クリコ:ごはんを食べるのって、「栄養をとる」だけが目的ではありません。見た目が美しくって、口に運んで食感を味わいながら、おいしく頂く。そういうこともふくめて「ごはんを食べる」ことだと思います。ところが、病人向けの介護食は、病院で提供されるものも、市販されるものも、スムーズに栄養が摂取できる流動食がメインです。「見た目の美しさ、楽しさ」も「食感の気持ち良さ」も「おいしさ」も考慮されていない。

夫のアキオが口腔底がんにかかり、流動食しか食べられなくなったとき、その事実に私も初めて気づきました。

クリコ:流動食のように負担なく栄養を摂取できながら、美しくっておいしいごはんってできないだろうか? 毎日試行錯誤しながら、アキオのためにつくったメニューが本書に載っている33の「介護ごはん」のレシピです。

介護食に「おいしい」は入ってなかった

──介護食とは思えないようなメニューが並びますね。焼肉丼やカレーライス、グラタンにリゾット、トンカツからフレンチトーストまで。さらにティラミスやプリンのようなデザートも充実しています。

クリコ:アキオは口の中を手術して、奥歯が1本になってしまい、咀嚼(そしゃく)ができなくなりました。もともとアキオはごはんを食べるのが大好き。咀嚼ができなくなっただけで、「ごはんが大好き」というのは健常なときと何も変わらない。うまく咀嚼ができなくってもおいしく食べられるごはんをつくってあげようと思いました。

ところが、2011年当時、いくら調べても、「おいしく食べることができる介護食」のレシピって、存在しませんでした。病院で提供される食事も、市販の介護食も実用一辺倒。しかも市販品の流通はとても限られていました。

しかも、このとき、アキオは食道がんも併発しており、手術の前に栄養を十分にとっていないとあぶない、と医師に言われていました。ちゃんとごはんを食べてもらわないと、命にかかわります。

「おいしい介護ごはん」の開発は、アキオと私にとって、至上命題だったんです。