「飲む」「食べる」のお仕事のひと

介護食のレシピづくりって、ものすごくクリエイティブなんです。

料理研究家 クリコさん(中編)

聞き手・文:カンパネラ編集部 / 写真:竹井 俊晴 09.20.2017

働き盛りの家族が突然がんなどの病にかかる。家族は、そして当人はどう生きればいいのか。誰もが当事者になり得るこの課題に「希望のごはん」という答えを出した料理研究家のクリコさん。最高の介護食を開発する「ごはんのお仕事」について聞きました。

(前編はこちら

「どろどろ」はいやだけど、「ふわふわ」はみんな好き

──『希望のごはん』(日経BP社)のレシピで目につくのが「ふわふわ」というキーワードです。「ふわふわ牛肉シート」「ふわふわ鶏団子」「ふわふわ海老すり身」……。

クリコ:介護食では「ふわふわ」な食感が大切なんです。通常、病人向けの流動食は「どろどろ」。「どろどろ」でも咀嚼(そしゃく)せずに済むし、栄養は補給できるけど、あくまで栄養補給であって食事にはならない。でも、「ふわふわ」の食感だと、ちゃんとおいしく食べられる。介護食が単なる栄養補給じゃなくなります。

アキオが口腔(こうくう)底がんになって、口の中を大きく切除する手術を受け、幸いにも味覚は残っていたんですが、使える奥歯が1本になってしまい、ものを食べるときは、舌と上あごですりつぶすか、飲み込むかするしかできなくなっていました。

術後27日間は栄養点滴でしのぎ、その後は、20倍がゆと言って普通の5倍がゆの4倍の水分量のスープみたいなお粥(かゆ)が病院食で出てきたのですが、1時間半かけても半分食べ切れないんです。お粥を食べるのにすらこれほど苦労しているアキオを見て、いったい退院後どんなものを出したらいいのか。

その後も病院で出された食事を、アキオは1時間半かけて、半分も食べられませんでした。さらに併発していた食道がんの手術も控えていたので、頑張って栄養をとってほしかったんですが、アキオにこう言われました。

「このお粥と流動食。ちょっと食べてみて」

魚のすり身をはんぺん状にしたものだったんですが、おいしくない。はっきり言ってまずい。何でもかんでもミキサーにかけて出しただけの「どろどろ」のおかず。ほとんど味のしない20倍がゆ。こんなの、私だって食べたくない。

病人の食べ物だからといって、栄養的には問題ないからといって、味や見た目をまったく考慮しないごはんって何なんだろう。病気にかかっているというだけで、なぜ、食事が突然栄養をとるだけの行為になってしまうんだろう。

食べることがなにより好きだったアキオに、介護食でありながら、普通の食事に負けない、おいしさと美しさを、味わわせたい。

病院の看護師さんの話では、「飲み込みには問題がないので、柔らかければどんな食事でも大丈夫です」ということでした。インターネットで探し当てた言葉が「介護食」。介護食は噛(か)む力と飲み込む力が弱くなった人のための食事です。通常のお肉や野菜が食べられない人にどう調理するかが介護食のポイントになります。

アキオの食べているものを見ると、食事そのものにはあんまり粒がないほうがいい、粒があってもちっちゃいほうがいい。だからといって、病院で出されていたミキサーにかけただけの「どろどろ」の流動食にはしたくない。

食材をミキサーやフードプロセッサーにかけて流動状にしたうえで、ちゃんとしたおいしいごはん、見た目も美しいごはんにするには、どうすればいいんだろう。

──流動食をおいしそうに見せるのって難しそうですね。

クリコ:お野菜をたくさん食べてもらいたかったので、まずはホウレンソウとニンジンとカボチャのピューレをつくってみました。でも、それだけだとおいしく見えない。緑とオレンジと黄色の絵の具のようにきれいなんだけど、ただの流動食が3食あるだけ。

どうすればもっとおいしく見えるだろうか。そこで、ホイップクリームと合わせて、立体的にきれいなグラスに盛り付けられるように工夫してみました。

食感が「どろどろ」から「ふわふわ」に、平たい流動食が立体的な「ごはん」に変わりました。

次の課題は、「ふわふわ」に加えて、さまざまな食感を再現しながらも、楽々食べられるメニューの開発です。

『希望のごはん』に出てくるカニポテトクリームグラタン。こちらはクリームコロッケの食感をどうやったら介護食で再現できるだろうか、と工夫したレシピです。コロッケのおいしさのひとつは揚げたてのパン粉のさくさく感にあるんですが、アキオの場合、もはやコロッケに使うような粒の大きなパン粉は口と舌ではつぶせず、トゲトゲして痛いだけになってしまう。

そこで、まずなるべく細かいパン粉を使うことにしました。それから丸々としたコロッケの形では食べることができないので、コロッケの中身をグラタン皿に乗せて焼くことにしました。コロッケをグラタンにしちゃったわけです。中にはアキオの大好物のチーズも入れましたが「とろけるチーズ」じゃなくて、パルメザンチーズを使いました。とろけるチーズは冷めてくるとあれは板状になっちゃうので、アキオは絶対食べられない。

エビもぷりぷりな1匹を食べることができないので、すり身にしてつみれ揚げにする。表面のパリっとしているけれど中身はふわふわ。ヒントは「海老しんじょ」でした。さらに形をまんまるじゃなくエビの形にして、干しえびの粉を入れてエビの風味が増して味を濃くしました。揚げることで、ぱりっとした食感を楽しんでもらい、その後ふわふわの食感が連続する。

トンカツについては、青山の名店「とんかつ まい泉」さんのヒレカツサンドがヒントになりました。昔テレビでまい泉の特集番組を見たんですが、大きい肉を広げてぎゅーっと寄せてトンカツにしてふわふわのヒレカツサンドができあがる。

あのまい泉のヒレカツサンドがヒントとなって、ふわふわのお肉料理をつくることができました。名店の料理が実は介護食のヒントになったわけです。