話せばわかるものなのか。

第10話 カウンター・プロフェッサー

文:ひきた よしあき / イラスト:もとき 理川 02.23.2017

「若い人たちがわからない」若手とのコミュニケーションに悩む大人世代は数多い。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが贈る、コミュニケーションのヒントたち。今回はひきたさんが若かりし頃に出会った「酒場の教授」の話。(カンパネラ編集部)

ある会社の宣伝部長さん。
慶応ボーイがそのままジェントルマンになったような
カッコいい人だった。
私がまだ駆け出しのコピーライターだった時代に、
よく飲みに連れていってくれたのだ。

得意先だからこちらがお金を払うべきだ。
が、私にはそんな自由になるお金はない。
正直にそれを言うと
「ははは、出世払い、出世払い」
といつも笑ってくれた。

ばりっとしたスーツを来ていたが、酒場では
いつも上着をとった。
大きな丸い氷を浮かべたウィスキーを飲みながら話すのは、
全く仕事とは関係ない。
日曜日に見た映画にはじまり、
ソ連(現ロシア)とアメリカの宇宙技術開発史、
今でいうクロストレーニングに日曜大工、
ギブソンとフェンダーのギターの歴史と
思い出すだけできりがない。

それもただ一方的に話すのではない。
私やバーテンダーの質問もよく聞いて、的確に返事を返してくれる。
万年筆好きの私がその話をすると、
実に鋭いペン先批評とウンチクを語ってくれた。

自由な人だった。
あるとき、神保町の古本街を回ってきたというので、
紙袋に入った本を見せてもらった。

「これは、小中学校の校長先生の式辞を集めたもの。
こっちは『茶花の入れ方』だね。
もう一冊が『からだ表現の辞典』、『耳巧者』なんてね、
体にまつわる言葉が書いてある。
あとは『能と狂言』のマンガとサリンジャーの古い小説。

てんでバラバラ。
「これ、全部興味があるんですか?」
と野暮な質問をすると、

「知らないから、読むんだよ。知ってりゃ読まないさ」

と、またうまそうに酒を飲んだ。

この宣伝部長にも酒場の先輩がいたという。
その方も、大変な物知りで、
どんな分野でも面白い話に仕立てて周囲を魅了したそうだ。

「その人が、教えてくれたんだ。
『酒場ではカウンター・プロフェッサーであれ』
とね」

「カウンターバーで仕事の話をするほどカッコわるいことはない。
思い出話も家族の話もすべきではない。
イギリス人は、シャーロック・ホームズがオックスフォード出身か、
ケンブリッジの出かと架空の議論で熱くなる。そういうのが面白い。
酒の味をうまくするのは『教養』なんだ」

と部長は、語ってくれた。

「カウンター・プロフェッサー」

確かにこの人は、酒場の教授である。
カウンター席で酒とともに語られるおおよその教養は身につけている。
そして努力もしている。

「それは酒をうまく飲みたいからさ。
理性で冷やし、本能で温めて飲む酒が一番うまいんだ」

と私の顔を見て、

「君も、教授になる素質があるよ」

と言って、何度かうなづいた。

あれから20年の月日が流れ、部長はすでにこの世にはいない。
当時の部長の歳をとうに超えた私は、
未だに、酒場の教授になれない無学のまま、酒を飲んでいる。

しかし憧れるのは、あの姿だ。
白いワイシャツ姿で、周囲を笑顔にしながら語るプロフェッサー・トーク。
理性で冷やし、本能であたためて飲む酒に憧れて、
今日も数冊の本を鞄に詰めている。

ひきた よしあき

1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。