話せばわかるものなのか。

第11話 記憶でもてなす

文:ひきた よしあき / イラスト:もとき 理川 03.14.2017

「若い人たちがわからない」若手とのコミュニケーションに悩む大人世代は数多い。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが贈る、コミュニケーションのヒントたち。今回は京都・祇園のお店における素敵な出会いと記憶の話。(カンパネラ編集部)

京都・祇園に一軒だけ、一人で入れる店がある。
無論、座敷は無理。
「おいど」と呼ばれるお尻を並べてすわる末席を
汚す程度である。

行くのは年に一度か二度か。
大病をしたせいもあって、昨年は行かずじまいだった。

「久々に行きましょか」

と誘ってくれたのは、この店の大将が通った大学の先生だ。
初めて連れてきてくれたのもこの先生だった。

「えらい大変どしたなぁ」

と女将。
すでに私が大きな手術を受けたことを知っていた。

「お酒は?」

と目を覗かれて、「乾杯程度なら」と応えた。

私程度の人間が、祇園で知った風なことを
言えるわけがない。
田舎者の物見遊山みたいなものだが、聞いてほしい。

女将は、ぴたりと一年前の6月半ば、
つまり私が前回、この店にきた時間に話を合わせてきた。

「はもの季節どしたな。
 はもを機械で切る店がある言うて、
 えらいびっくりしはってましたな」

と言われて、頭の中の過去帳をめくると
かすかにそんな話がでてくる。

「あの頃より、太りはったんと
 ちがいますか」

いや、確かに最近、一年前と変わらないほど
体重が戻っている。
ほんの一言、二言で、時の流れを一旦停止。
過去をぐっと引きよせてくる。

その後も会話は続く。

「その前は、あっちの谷崎先生がつかいはった
部屋どしたな」

これはよく覚えていた。

作家の谷崎潤一郎が、小説を書いていた小部屋。
そこに座って酒を飲み、私は興奮し、
ひどく酔っぱらったのだ。

「あの子ももう、小学校ですわ」

と今度は、焼き物をもってきた大将が笑った。

そうだった。確かあのとき、お二人のお孫さんまで
部屋にやってきた。
小さな男の子に「千社札」をもらったのを思い出した。

過去を話し、今を語る。
はまぐりの炊き合わせに感激していると、
となりのお客さんから日本酒が回ってきた。

「この酒、はまぐりによく合いますよ」

と声をかけてくれた方と、あとで名刺交換して驚いた。
誰もが知ってる会社の社長さんだったのだ。

「貧乏学生でなぁ。家庭教師、かけもちでしたわ」

と、社長さんが昔話を始めると、
4つならんだ「おいど」の席は、
一挙にそれぞれの大学時代の話になった。

祇園は、記憶でもてなす。

失われた時を今に甦らせ、
生きてここにいる今宵の酒に添える。
見知らぬ同士の過去が混じり合い、
幾時代かがありまして、
今夜ここでのひと盛り。
今夜ここでのひと盛り。

この一瞬が、再び祇園に記憶され、
次の機会に戻ってくるのだろう。

また、行きたいと切に思う。
あの小さな「おいど」には、
私の時間が行儀よく並んでいる。
そんな気がしてくるのである。

ひきた よしあき

1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。