話せばわかるものなのか。

第12話「飲めなかった酒」

文:ひきた よしあき / イラスト:もとき 理川 03.24.2017

「若い人たちがわからない」若手とのコミュニケーションに悩む大人世代は数多い。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが贈る、コミュニケーションのヒントたち。最終回は、痛恨のダブルブッキングから思い起こす、お酒と人の一期一会。(カンパネラ編集部)

赴任から三年を過ぎた頃、大阪から東京に転勤が決まった。

内示が出た瞬間、早くと東京に戻りたいという気持ちが
サッと引いて、「もうしばらく大阪にいたいなぁ」と思った。
現金なものだ。

転勤が決まると、悠長なことは言ってられない。
すぐに東京に住まいを見つけ、今いるマンションを
引き払わなければならない。
私は甲子園球場の近くで生まれた。
そのときも甲子園のすぐそばに住んでいて、
三階の窓から眺める六甲山を愛していた。
そういう大切なことに、あとから気づくのが
私のいけないところである。
青い鳥を探せない性格らしい。

一週間もすると忙しくなった。
東京から、「新しい仕事」の話が入った。
まだ挨拶まわりもすんでいないのに、
新しい土地での仕事が始まったのだ。

「ひきた、これは落とせない。
 しっかりやってくれ」

と新しい上司に頼まれる。
大阪の「オモロい上司」に比べて
スマートではあった。
その分、また大阪が恋しくなった。

思えば東京で仕事をするのは初めてだ。
3年生ではあるが、新人と変わらない。
コピー機の場所さえわからないまま、働いた。
ストレスと不規則な生活で口内炎がいくつもできた。

そんな生活に追われて、すっかり忘れていたことがある。

「あ、送別会だ……」

あろうことか私は、大阪の仲間が
企画してくれていた忘年会を忘れていた。
切羽詰まっていたこともあって、
その時間に東京で仕事を入れてしまったのだ。
詫びの電話を元の上司に入れたら、

「アホか……」

と呆れられた。そのあとこってり絞られた。
怒られながら、なんともその声が懐かしい。
つい先日までそこにあった生活に戻れぬことを 実感したのだ。

数日後。 社内郵便で、大きな包み紙が送られてきた。
私が欠席した送別会で、みんなが書いてくれた
色紙だった。

「二度と大阪にくるな!」
「酒と仕事とどっちが大切やねん?」
「仕事の仕方を考えな、あかんな」

厳しい言葉がならんでいる。
デザイナーの先輩が描いてくれた私の顔には、
困りきったような黒い線と
冷や汗が描かれていた。

痛恨のダブルブッキング。
一番飲みたい酒を、自分のせいで
飲むことができなかった。
仕事に追われ自分を見失い、
大切な時間と人を裏切ってしまったのだ。

苦い記憶を刻んだまま、困りきった
私の似顔絵を私は大切に持っている。
大切なことに、いつもあとから気づく
自分の戒めとして、本棚の上にずっと
飾っている。

酒は、一期一会。
振り返ると、飲めた酒より、
飲めなかった酒の方が多い気さえする。

もう二度と、この世で飲めない
あの人との酒。
恋が成就せぬままに、今は
行方もわからなくなった人との酒。

そんな悔恨が混じるから、酒は
いつでもほろ苦い。
飲めなかった人の顔を思い浮かべながら、
このコラムは、ここで一端終わる。

またいつか、あなたと乾杯する日が
くることを夢見て。

さようなら。

ひきた よしあき

1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。

BARガイド