話せばわかるものなのか。

第1話「B定食にします」

文:ひきた よしあき / イラスト:もとき 理川 10.13.2016

「若い人たちがわからない」。若手とのコミュニケーションに悩むオジサン・オネエサンは数多い。名スピーチライターとして「心に響くことば」を生み出してきたひきたよしあきさんが大人世代に贈る、コミュニケーションのヒントたち。

もう6年も前のことだろうか。
就活の面倒を見ていた学生から「内定した」と連絡をもらった。
第一志望だ。頭の回転もよく、愛想もいい。成績も申し分ない。
それでもここまで内定した企業はなかった。喜びも一入だろう。
私はキャンパス近くで祝杯をあげようと提案した。
電話口から、歯切れのよい解答が戻ってきた。

何年ぶりかに訪れた母校。
本屋や雀荘がコンビニに変わったりしていたけれど、基本の匂いは変わっていない。
古い居酒屋を見つけ出し、ふたりでのれんをくぐった。
まだ時間が早いのに結構席が埋まっている。見ると学生の数は少ない。
私の同年かそれ以上のおじさんたちが集まって、すでに赤ら顔になっていた。

おしぼりをもらう。
「とりあえずビール」と言う。彼も、うなずいた。
「なんでもいいから、好きなものを頼みなさい。
 今日は、お祝いだ」
というと、彼はうれしそうに笑い、壁の短冊に書かれたメニューを眺める。

私は彼がメニューを決めるまで、ビールを半分くらい飲んだ。
ネクタイをゆるめ、手であおいで風をいれていた。
すると、彼からこんな声が飛んできた。

「B定食にします」

え?B定食?
壁を見ると確かに「えだまめ」「ポテトサラダ」などの短冊に並んで、
定食がいくつか書かれていた。

「おまえ、違うだろう。こういうときは単品で頼むんだよ」

と言おうとした瞬間、彼はこう続けた。

「じゃ、A定食をとって、おかずをわけますか?」

私の時代にはありえなかった。
こうした席の居酒屋で、夜に定食メニューを頼むやつ。
しかし、彼は悪びれる様子はもちろん、悪いという意識もない。
酒はよく飲むというし、宴会もよくやっているという。

それでもなぜ「定食なのか」と尋ねると、臆面なく私を見て
「長くならなくてすみそうだから」という。
それは、忙しい私が、この後にまだ仕事を抱えているんじゃないかと慮ってのこと。
さらには、「あまり高いものを注文してはいけない」という彼なりの遠慮もあったのだ。

私はこの時、得も言えぬ深い隙間を感じた。
善意と善意がボタンを掛け違えている気分になったのだ。

その後、私が注文し直して、刺身の盛り合わせや卵焼きが並んだ。
彼は大喜びしてそれを食べながら、
さっきのことなどなかったかのように快活に内定までのいきさつを語ってくれた。

広告会社に勤めて30年になる。
ひょんなことから大学で教え始めて15年にもなる。
企業人として、また学校側の人間として学生を眺め、
その後社会に出て行った姿を応援している。
こうした生活の中で、コミュニケーションギャップに苛まれたり、
妙なところに感銘し、涙ぐんだりもしている。

このエッセイは、私から見た若い世代と我々おじさんたちの人間模様について書いていく。
目的は「だから今の若者はダメだ」と嘆くことではない。
私たち世代が、「かっこいい大人」になるためのヒントを探し出したいと考えている。
「話せばわかる」と信じて書いていこうと思っている。

ひきた よしあき

1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。

家飲み酒とも日記