話せばわかるものなのか。

第5話「お疲れさま!」が溶けた味

文:ひきた よしあき / イラスト:もとき 理川 12.08.2016

「若い人たちがわからない」若手とのコミュニケーションに悩む大人世代は数多い。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが贈る、コミュニケーションのヒントたち。今回は、愛する得意先の担当を離れた時の、粋な演出の話。(カンパネラ編集部)

あしかけ8年続けた得意先の仕事から去ることになった。
「人事異動だから仕方がない」
と、あきらめようとすればするほど未練が残る。
この会社のCMを150本以上作ってきたのだ。
誰よりも得意先と商品を理解し、愛している。
そう胸をそらし、鼻を高くするときが潮時なのだろう。
40半ばにして、全く新しい仕事に移ることになった。

始まった送別会は質素なものだった。
営業が2人とプロデューサーが1人。合計4人で和食をつつく。
思い出話をあれこれするが、どれもこれも話が湿ってあとが続かない。

「8年やっても、別れのときはこんなもんだよな」

と自分に言い聞かせる。
仕方がない。去るのは私だけで、他のみんなは撮影準備に追われている。
そちらを優先するのは当然のことだ。

「ひきたさん、近くでもう一杯やって帰りますか」

とプロデューサー。気乗りはしなかったけれど、飲み足りない
気持ちがどこかにある。重いからだを引きずってバーまで
数分歩くことになった。

まだ9時すぎだというのに、やけに暗い店だった。
人が多いのに、妙に静かだ。正直、うす気味悪い。

「なんか、暗くねぇか」

とビールを飲んだついでにつぶやく。

「ひきたさん、全然気づきません?」
「何が?」
「ほんとにわからないんですか?」
「だから、何?」
「今、ビール運んできた子・・・」

とプロデューサーが言ったところで、明かりがついた。
客も、ウェイターも、カウンターの中の人も、
全員こちらを向いて立ち上がった。

「え?何なの、これ?」

と後ずさりする。
なんと、この店にいる人全員が、
この会社のCMをいっしょに制作してきた仲間なのだ。

営業がいる。スタイリストがいる。カメラマンがいる。
音声さんもいる。企画マンがいる。アシスタントがいる。
フードコーディネーターがいる。タレント事務所の人がいる。

 

見ると、私にビールをもってきてくれた女性は、
先日の撮影に出演してくれたタレントさんだった。
事務所の御好意で、来てくれることになった。

特別にアレンジされた曲が流れる。
私が、8年手がけてきたCMの曲だった。
映像が流れ始めると、かわいがっていた大学の後輩が黒子の衣装で六本木の街を走り、
制作したビデオを運ぼうとしている様が映っていた。
届いたビデオには、懐かしい撮影風景や、ロケのときの写真が並べられている。

 

あちこちから「お疲れさま!」の声がして、みんな楽しそうに飲んでいる。

私はそんな笑顔を見ても、この現実が受け入れられなかった。
私一人のために、ここまで用意周到なパーティをみんなで企画してくれるなんて。

頂いた巨大な私の写真パネル。
よくみると、すべて私が制作したフィルムを細かくつないで描かれている。
8年間、勤め上げた私の顔は少し照れくさそうだった。

たった一人のために、みんなが一致団結してくれる。
クリエーター集団ならではのアイデアと作品が
「これでもか!」と言わんばかりにあふれている。

そこで飲んだ酒の味を、私は生涯忘れない。
100人近い人々の「お疲れさま」という言葉が溶けている酒は、
いまだに私の血液の、細胞の、体の至るところで瞬き、香り、
いのちを支えていてくれる。

ひきた よしあき

1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。

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