話せばわかるものなのか。

第7話 そば湯とお銚子一本

文:ひきた よしあき / イラスト:もとき 理川 01.12.2017

「若い人たちがわからない」若手とのコミュニケーションに悩む大人世代は数多い。名スピーチライター・ひきたよしあきさんが贈る、コミュニケーションのヒントたち。今回は、人生の節目で変わりゆく、お酒の味について。(カンパネラ編集部)

20歳をすぎて初めて飲んだ酒は、うまいものではなかった。
ビールは、苦すぎた。
ウィスキーの良さがわかるほどオトナじゃなかった。
日本酒の味がわかるほど粋でもなかった。
「なんでこんなものを好き好んで飲むのだろう」
これが実感だった。

今のように口当たりのいい酒や健康を気づかうビールはない。
ただひたすら酒は酒であり、大人の味として存在していた。

大学に入学し成人になると、何かと飲む機会が増えた。
酒の好きな学生の多い大学だ。野球に勝っては酒を飲み、
ラグビーに負けてまた飲んだ。
徐々に馴れてはきたけれど、それでも美味しいとは思えない。

「あ、これはうまいかも」

と思えたのは、立秋のあとさきにガールフレンドと箱根を
訪れたときだった。
夏の空と秋の空がゆきあっている。
「風立ちぬ 今は秋」と、そのとき流行っていた歌が
ぴたりとはまる頃。

「ビールでも飲もうか」

とどちらともなく言いだして、高い空を見ながら
喉を潤した。

「あぁ、おいしい」

という声が先に彼女の方から聞こえた。
それで俄然、酒がうまくなったのだ。

その後、何回くらい飲んだだろう。
大学を卒業するまで飲み続けた。
会社に入り、大阪に赴任すると新地でミナミで、
神戸で、京都で飲んだ。
酒だけではない。寿司の食べ方を習い、
仕事の進め方を習い、複雑な人間関係を教えられ、
それらも一緒に飲んでいった。

勝利の美酒もあった。敗北の苦い味もあった。
恋の甘い酒があり、嫉妬に燃えた緑の炎の味もあった。
オーストラリアの横断鉄道の窓辺から、羊の群れを
眺めながら飲んだウィスキー。
パリの学生街で深夜まで友人と語りながら飲んだヴァンショー。
街と同じくらいに古いニューヨークの
テーブルカウンターで飲んだギムレット。
サンパウロの日本人街で、ソース焼きそばと飲んだ日本のビール。
結婚式でみんなと飲み、離婚を経験して独りで飲んだ。
様々な友と飲み、すでに天国へと旅立った人たちが
元気な頃、人生を教わりながら飲んだ。

酒の味は、こうした体験によって変化する。
否、実を言えば飲み始めた頃にはまだ味がない。
「人生」という妙味を加えて人それぞれの味を作る。
それが酒の本質だ。今はこう確信している。

20歳を迎えたあなたにとって、
酒はまだ美味しくないものかもしれない。
しかし、その味を覚えておいてほしい。
あなたが成長と挫折を繰り返すなかで
きっと変化していくものだから。

今年57歳になる私は、これから先、どんな酒が飲みたいかを考える。
それは例えば、江戸時代の老人の一献だ。
肴はそば湯。それだけで、お銚子一本をちびちびやる。
それ以外何もいらない。
その酒は、老人の人生を完璧に反映した味になっている。

酒の飲んでいるのではない。
思い出を飲んでいる。
人生を味わっている。

ひきた よしあき

1960年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学法学部卒業。博報堂クリエイティブプロデューサー、スピーチライター。学生時代から第8次「早稲田文学」学生編集委員、NHK「クイズ面白ゼミナール」のクイズ制作などで活躍。84年(株)博報堂入社。クリエイティブディレクターとして数々のCM作品を手がける。また、明治大学をはじめ多くの大学で講師を務める。15年、朝日小学生新聞でコラム「大勢の中のあなたへ」、コラム「机の前に貼る一行」を連載。著書に『あなたは言葉でできている』(実業之日本社)、『ゆっくり前へ ことばの玩具箱』(京都書房)がある。