インタビュー 情熱と挑戦の先に

シュートが入らなくて、悔しくて 車いすバスケットボール・土田真由美選手

土田真由美 車いすバスケットボール選手 東京ファイターズB.C/シグマクシス所属(前編)

文:十代目 萬屋五兵衛 / 写真:中島 正之(特記なき写真) 08.23.2017

そのパワフルで想像を超える動きに圧倒される競技、車いすバスケットボール。土田真由美選手は2020年の東京オリンピックに向け、男性選手と共に練習に励んでいる。突然の発病、挫折、転機と新たなるビジョン。逆境を糧に生きる女性アスリートの過去と今を追った。(本文敬称略)

3m5cmの高さにある直径45cmのリング。コートにはタイヤが焦げたにおいが漂っている。

車いすバスケットボール。下肢などに障害のある人たちによるスポーツ競技だが、そのパワフルで想像を超える動きは、一般的なバスケットボール以上に荒々しい。

選手たちは皆、実に巧みに車いすを操る。素早いパスワーク、激しい攻防。車いす同士がぶつかると激しい衝撃が起きて、観戦している側は思わず目を閉じる。

時には車いすごと転倒する。しかし、その場合でも選手たちは自力で起き上がり、再び猛スピードでプレーに戻る。同じバスケットボールでも、車いすバスケットボールでは競技として違ったスキルが必要になる。

そんな車いすバスケットボールのプレーシーンにおいて、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて日々挑戦しつづけているのが土田真由美だ。

(写真:宮本邦彦)

2016年2月、大阪で「国際親善女子車椅子バスケットボール大阪大会」が開かれていた。女子車いすバスケットボールの大会の中では唯一、日本に海外チームを招く貴重な大会だ。大会にはドイツ、イギリス、オーストラリアなど世界トップレベルの車いすバスケットボールチームが集結し、総当たり戦で順位を争う。

軽快に車いすを操りながら、巧みにボールをさばく、世界トップクラスの妙技。その世界の強豪たちと熱戦を繰り広げていた日本女子代表チーム12人の中に、土田はいた。土田の持ち味は、相手のディフェンスを翻弄しながら投じる的確なシュートである。

オーストラリアとの3位決定戦。土田は試合の流れを変えるために、第3クオーター、残り時間20秒でコートに入った。

土田に課せられていたのは、残り1プレーで点数をあげること。しかし、残念ながらそのシュートは、リングに吸い込まれることはなかった。

その後もチームは奮闘するが流れは変わらず、53対51とわずか1ゴール差で敗れた。

「自分に任せられた、1分の1の失敗できないオフェンスのチャンスでしたが、その責任を全うすることができませんでした。その1本を決めるべく練習をしてきたのに、この時ほど自分の無力さを感じたことはありませんでした」

苦い思い出を振り返りながら、土田は言った。

「次は必ず、成功させます。私、負けず嫌いなんです」

土田は約4年前から、コンサルティング会社のシグマクシスに所属。選手としてプレーしているのは車いすバスケットボールチームの「東京ファイターズB.C」だ。男性選手の中に入り込んで、日々トレーニングに励む。

「シグマクシスには私を含めて、現在4人の障害者アスリートが所属しています。アスリートとしてのプレーとパフォーマンスで会社のブランドに貢献するというのが私のミッションです」

仕事には結果が求められる。アスリートの場合はより明白で、競技の成績、全日本などへの選出実績、パラリンピックなどの大きな大会への出場実績など、見える形で表れる。

「シグマクシスで競技に専念できる環境になり、感謝しています。結果を残さないと、会社に所属させてもらっている意味はありません。格好良いことを言うのは簡単ですが、すべては結果だと思います。私の場合は、車いすバスケットボールで日本代表に入り、世界と戦っている姿を見せることです」

土田は以前、ある電機メーカーで働いていた。平日はフルタイムで働き、土日を利用して練習をしていたが、必然的に練習時間が限られる。

「世界を目指すということになると、やはり練習量が足りませんでした。正社員で働いていたので経済的な安定性はありましたが、覚悟を決めて、夢を追いかける決断をしました」

ハンディを背負いながらも夢を追いかけ、日々の鍛錬に向かう土田。土田の情熱の原動力とビジョンを追う。

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