「人生に限界はない」 御年84歳のトライアスリート、世界の歓声を浴びてゴール

稲田弘(トライアスリート/アイアンマン世界選手権80代チャンピオン)第1回

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文/写真:十代目 萬屋五兵衛

11.10.2016

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戦後間もなく英語に出会い、苦難を乗り切る

ここで稲田の80年以上にわたる人生の道程を振り返ってみよう。

稲田は1932年(昭和7年)に大阪で縫製工場を営む両親のもとに生まれた。6人兄妹の長男として自由奔放に育ったが、小学生になると太平洋戦争が始まる。家の近所に軍需工場があったため、強制的に父方の故郷である和歌山に疎開することになった。稲田が暮らしたのは、和歌山県南部の田辺市である。ユネスコ世界遺産にもなった熊野古道がある市だ。

幼少時代の稲田少年(右)。父とともに(写真提供:稲田弘)

「和歌山は大阪より自然が多かった。当たり前だけど近くの川とか海、山で遊ぶことぐらいしかなかった。本を読むようなタイプではないから、近所の野山をかけずりまわっていたよ」

終戦をむかえ、小学校から高校まで田辺で育った。

入学当時は旧制中学校の制度だったが、3年生になると現在の新制中学校の制度に変わる。ちょうど教育制度が大きく変わった時代の境目だった。

その中学3年生の時になんと、英語・日本語の通訳をするというチャンスが巡ってくる。

「ハーバード大学で学んできた優秀な先生がいてね。なぜか僕に興味を持ってくれて、いろいろ面倒をみてくれた。その先生に英語を教えてもらったら、どんどん面白くなってきて、見よう見まねだったんだけど、中学3年生で米軍将校の通訳になったんだ」

「当時再建中の日本は、米軍の監視下で初めて衆議院選挙が行われた。その選挙を将校たちが見回りをする。その随行員が一般公募され、先生の勧めもあって、丸坊主の僕が選ばれたんだ」

体格が大きい米国兵を相手に、稲田少年はつたない英語で通訳した。その経験があったからだろう、高校1年生の時には、県が主催する英語の弁論大会に出て優勝し、教育委員会の推薦を得て留学の権利を獲得した。

しかし当時、留学は船で行かなければならなかった。出発の日が間近になった頃、不運にも船の出帆が取りやめになり、あえなくその海外留学は中止になってしまう。

その代替案として、稲田は大阪にあった進駐軍の子供たちが通うハイスクールに編入が認められた。国内であったが、それでも当時の高校生にとっては立派な留学である。

「半年だったんだけど、やはり日本とは別世界だった。みんな同年代なはずなんだけど、男女とも全員がカッコ良かったし明るかった。そして体格がオトナだった(笑)。日本人の僕だけが地味な小さい子供で、その頃付けられたあだ名が“Jimmy”=地味だから(笑)。毎日、学校の目と鼻の先にある下宿所から通っていたんだけど、学校に行くのが楽しかった。日本の学校には戻りたくなかった」

海外での経験ではなかったが、稲田は英語が得意になった。高校卒業後は大学に進学しそこで英語を学ぶことを志した。

そんな矢先、一家の大黒柱だった父親が急死する。収入源を失い、稲田の大学進学も夢になりかけていた。しかし、叔母が学費を工面してくれたおかげで、受験と進学が可能になった。

「私学でも学費が安かったこと、父がその大学のファンであったことから、早稲田教育学部英語英文学科へ進みました。英語を話すことも含め、英語そのものを学びたかったんです」

“貧乏”を通訳とコーラスで乗り切った

大学生の稲田は、常にお金がなかった自称貧乏学生だったという。下宿先も安い所を探しては、引っ越しを重ねていた。

「父を失ったことで家計はかなり苦しくなりました。だからなんとか自分でもお金を稼ぐことを考えたんです。運が良いことに、英語ができ、通訳ができることが強みでした」

通訳や音楽活動をしていた大学生時代(写真提供:稲田弘)

面白いエピソードがある。好奇心旺盛の稲田は、4声以上の合唱で音楽を奏でる男声合唱団・グリークラブに所属した。大勢いる部員の中の仲間4人で、男性コーラスグループを結成する。

「おそらく、日本の学生で初めてのプロのグループだったんじゃないのかな? 他に見なかったからね。珍しかったのもあるし、そこそこうまかったから、ちゃんとマネージャーが付いてお金を稼いでいたんだよ」

日本の芸能史ではダークダックス(1951年結成)、デューク・エイセス(1955年結成)ボニージャックス(1958年結成)などの男性コーラスグループが有名だが、いわばこの「はしり」のような存在だったという。

「トラックの荷台に乗せられて、米兵たちのキャンプ地などで歌っていた。一晩に何か所も回るからね、結構忙しかったんだよ。名前は『コール東京』とか『東京クアイアーズ』とか言っていた。1ステージで100ドル。1ドル、360円の時代だから3万6000円だったらしいんだよね」

「なぜ“らしい”かというと、ある時に米兵側のマネージャーに聞いたの。でも、僕らの手元にはその1割、つまり3600円しか入ってこなかった。調べたら、中間搾取がひどくて、日本側のマネージャーも含めたら9割も抜かれていたんだよ(笑)。当時、初任給が7600円の時代だから、1割でも一晩でかなりもうけられた。そのマネージャーはクビにしたよ。そうしたら、今度は仕事が来なくなり、自然消滅しちゃったんだけどね」

そのグループは約2年間活動していた。中間搾取をされていたとはいえ、学生としてはかなりの収入を得ていたため、稲田は自分で授業料を払った。また、実家から仕送りを送られるどころか、逆に実家にお金を送っていたという。

学生コーラスグループを収入基盤にして、大学では山岳部に所属し、全国各地の山々に登った。

放送記者時代、和歌山で歴史的スクープに出会う

大学卒業後はNHKに入局する。定年までの約40年弱、放送記者として全国各地に赴任した。

NHKに在職中、稲田は大阪、和歌山、千葉、広島、大分、札幌、宇都宮等と全国の支局に赴任。転勤を繰り返した。主な仕事は、放送記者だった。支局担当地域の情報をかき集め、ニュースとして原稿をおこした。その情報がラジオやテレビの番組を通して発信される。報道における中心的な役目を担っていた。

記者時代(写真提供:稲田弘)

「とにかく、机の前にはあまり座ることがありませんでした。地元に密着した小さいネタから全国に伝えられる大きいモノまで探していました。事件や事故もあるし、警察にも張り付いて、情報を聞き出したりしていました」

「今みたいに携帯電話やパソコンがあるわけではないし、公衆電話も少なかった。想像できないかもしれないけど、その公衆電話から電話をすると、交換士に一度つながってからではないと目的の相手とは話せなかった。そんな時代もあったんだよ(笑)。大事件や事故などがあると、近くの一台しかない公衆電話に各社の記者たち群がり、我先にと順番待ちをしながら、それぞれが入手した情報を本部に伝えていた。どこよりも早く、情報を届けなければならなかったから、なかなかの緊張感のある現場もあったよ」

(写真提供:稲田弘)

和歌山支局では、歴史の大スクープにも関わった。それは1970年、高野山に織田信長の墓が見つかったというニュースである。高野山には数々の武将の墓があるが、高野山と因縁のある織田信長の墓はないというのが、それまでの定説だった。稲田は手元にあった古文書を手掛かりに、高野山大学の考古学チームに調査を依頼。その結果、決してそこにはないと言われていた織田信長の墓を、高野山内に見つけた。

稲田は発見に至るまでのプロセスを、映像化用の画像も含めて1人で記録した。

「まさか、本当に信長の墓があるとは思わなかった。草木に覆われ、墓石もコケで覆い尽くされたたくさんの墓標の中からだから、途方もないくらい時間がかかるだろうと覚悟していた。けれど、わりとすぐに見つかった。偶然というか、運命というか。そのニュースが全国に広がっていって、担当記者としては本当にうれしかった」

そんな記者生活の中で伴侶に出会う。大阪赴任時代、観光バスガイドをしていた妻・路子と出会い結婚した。

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