御年84歳のトライアスリート「人生で今が一番豊か」

稲田弘(トライアスリート/アイアンマン世界選手権80代チャンピオン)第3回

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文/写真:十代目 萬屋五兵衛

11.24.2016

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世界屈指のトライアスロン・レース「アイアンマン」に挑む、アスリートの稲田弘。御年84歳の稲田が、今年2016年、ハワイで226kmを泳ぎ、漕ぎ、走り、2度目の完走を果たした。最難関レースに挑戦し続ける、世界でも有名な“スーパーグランドシニア”の人生をたどる。(全3回、最終回)

前回からの続き、本文敬称略)

2012年10月、稲田はアイアンマン・ハワイ世界選手権大会で見事ゴールを果たした。このとき同時に、80代カテゴリー完走者の記録を更新した。

稲田が表彰台に立ってから、80代でその栄誉をつかんだ者は他にはいない。

初回の完走後はスランプが続いた

ただそれほどの稲田も、2012年における初回の完走後は、スランプが続いた。

稲田はチャンピオンになった翌年の2013年もシード権を持ち、アイアンマン・ハワイ世界選手権大会のスタートラインに立った。しかしこの年はバイクで2度のパンクに見舞われ、完走こそしたものの、大会で定められた制限時間を5分オーバーしてしまった。

レースが行われるハワイ島のコナ地域には、「コナウインドウ」と呼ばれる強風が日常的に吹いている。

ハワイ島には、富士山を超える高さ4000メートル級の山が2つあり、その間を偏西風が抜けてくる。巨大な山々の間で偏西風は狭い道を通る格好となり、一気に海に向かって吹き出すために、突風のようになることもしばしばである。

アイアンマンに出場したアスリートの中にはその突風をもろに受け、数メートルも吹き飛ばされ、大地にたたきつけられた選手もいると聞く。

「だいたい僕が自転車で往路を走っている時は、アゲインスト(向かい風)なんだ。既に折り返し地点を回ってきた速いアスリートたちは追い風に乗って、ものすごいスピードで戻ってくることが多い。そうしたアスリートたちが向こう側からすれ違ってくるのを見ると、うらやましくてね。やっとのことで、僕みたいな遅い人が折り返す頃になると、風向きが変わっているんだ。だから、ずっとアゲインストの中を走り続けることになってしまう。もう、本当にやめたくなるんだよ」

バイクは見かけ以上に厳しい競技で、その難度は環境に大きく左右される。追い風に乗れば時速40~50kmものスピードが出せる場合もあるし、稲田の言うアゲインストの中ではわずか6km程度のスピードまで落ちることもある。

「それに、気を付けないといけないのが、35度近い暑さと高い湿度。この2年ほどは、湿度の高さから熱中症と脱水症状になってしまっているから」

2016年10月。強烈な日光と強風にあおられながらバイクを走らせる稲田

稲田の昨年(2015年)までのアイアンマン・ハワイ世界選手権大会の戦績は次の通りだ。

2011年 初出場 スイムで過呼吸に陥り、リタイア。
2012年 15時間38分25秒の世代最高記録で完走し、80代チャンピオンに。
2013年 バイク中に2度のパンク。完走するも制限時間に5分足りず。
2014年 バイク走行中に足の痙攣(けいれん)に見舞われ、制限時間に間に合わないとランのスタートで足切りに。
2015年 ハンガーノック状態に陥り、完走するも制限時間にわずか5秒足りず。

つまり、2015年までにおいて、公式に認められている完走は、1回だけであった。

「実は、負けっぱなしなんだよね。それに、自分が80代のチャンピオンになって以来、僕を含めて完走者がいなかった」

痛みを押して覚悟の出場

その負けっぱなし状態を打破するべく準備を進めていた稲田だったが、今度は準備中にトラブルが襲いかかった。2016年夏、稲田は腰の痛みに悩まされた。

脊柱管狭窄症という症状で、背骨内にある脊柱管を構成する組織の変形による神経障害だった。10月の世界選手権を控えた稲田にとって、夏の季節は体力を強化するための大切な時期。発症してから丸1カ月、満足な練習ができなかった。

筆者が稲田に何度かインタビューをしていた頃、ハワイの世界選手権大会まで残すところ2カ月を切っていた。

稲田は手術を断り、練習を優先させていた。

「本当はね、手術をした方がいいと言われたんだよ。そうすると、8月いっぱいは練習できなくなる。となると10月のハワイ世界選手権に向けた練習期間は実質9月の1カ月しかなくなってしまうでしょ。だから、手術はしない方法を選んだんだ。神経へのブロック注射などをして、やっと走れるようになった」

2016年夏、山岳練習を終えた稲田

「難しい選択だったけど『なんとかなるだろう』というところまで回復もしているから、きっと大丈夫だよ(笑)」

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