馬場 未希、相馬 隆宏

気候変動は将来の社会や経済を一変させるリスクになる。金融安定理事会の提言を受け、投資家は一斉に情報開示を求め始めた。

 2017年暮れ、日本の大手企業10社の社長宛に、225もの投資家が名を連ねたメールが届いた。「世界が今世紀末の気温上昇を2℃未満に抑える低炭素社会に向かおうとも、貴社の事業計画が堅牢であると投資家が検証、判断できるように、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づき、情報開示を強化してほしい」という内容だ。

 投資家は「Climate Action100+(CA100+)」と呼ぶイニシアチブのメンバーだ。米カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)などが運営し、現在は保険会社の独アリアンツや仏アクサなど256に及ぶ世界最大級の機関投資家が参加する。

 「2030年に我が社の事業がどうなるか、今から語れるはずもない。数年で交代する経営者が、数十年先の社業を語る責任を負いたがらない」。メールを受け取った企業の担当者は、あまりの難題に頭を抱える。

 これまで日本企業のESG経営に関して、投資家は主にガバナンス(G)に関心を寄せていた。ここにきて環境(E)の主要課題、気候変動が大きくクローズアップされ始めた。

TCFD議長を務めるマイケル・ブルームバーグ氏(左)と金融安定理事会(FSB)議長で英イングランド銀行総裁を務めるマーク・カーニー氏
写真:Getty Images/Chesnot

本格的に動き出す金融業界

 発端はTCFDが2017年6月、気候変動に関する情報開示のルールをまとめたことだ。これを受けて、世界の投資家が気候変動リスクなどを投資判断に織り込もうと動き始めた。

 TCFDは世界の金融秩序を守る金融安定理事会(FSB)が設けた。2015年、20カ国・地域(G20)財務大臣・中央銀行総裁会合はFSBに対し、気候変動問題にどう対処すべきかの検討を託した。2008年のリーマンショックと同じく世界経済を混乱に陥れる要因になると位置付けた。

 FSB議長を務める英イングランド銀行のマーク・カーニー総裁の命を受け、金融情報大手のブルームバーグ創業者、マイケル・ブルームバーグ氏を中心に、世界の金融機関や企業の代表が議論を重ねた。その答えとして「提言」が示された。

 この提言は、気候変動によって事業がどのような影響を被るか、投資家や運用機関などが債券や株式を発行する企業に対し情報開示を求める必要があると指摘。投資判断に活用するため、情報開示の標準的なルールをまとめた。

 CA100+のような動きは今後、世界の潮流になる。

 日本から専門委員としてTCFDに参加する三菱商事の藤村武宏サステナビリティ推進部長は次のように指摘する。「TCFD提言はCA100+など投資家らが企業に求める情報開示のスタンダード(標準様式)になりつつある。TCFD提言の枠組みに基づく情報開示を行うことで、企業の価値が機関投資家などに正しく認識されるだろう」。

 TCFD提言には既に、エネルギーや化学などのグローバル企業、機関投資家、金融機関、保険会社など世界で270もの団体が賛同。これに、46の国・地域の金融当局が加わった。

 日本では、国際航業や住友化学、三菱UFJフィナンシャル・グループなどのメガバンク、MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス、SOMPOホールディングス、金融庁などが賛同者に名を連ねる。水面下では電力、エネルギー、自動車、素材、電機電子などが提言への対応を模索し始めている。

 情報開示のルールは変わった。2030年やその先に、どのようなビジネスモデルになっていて、何を収益の源泉としているか。企業経営者は、気候変動による事業や財務への影響を熟慮した上で長期的な戦略を語らなければならなくなる。未来を語れない企業は、資本市場から見向きもされなくなる時代が近づいている。

 英誌「エコノミクス」によれば、今世紀末までに世界で4兆2000億〜43兆ドル(453兆〜4640兆円)の資産が気候変動に関連するリスクにさらされる。投資家にとって、投資対象となる企業が気候変動リスクに耐えられるかどうかを精査しなければ、投資が水泡に帰す可能性がある。

 具体的にどのようなリスクが考えられるか。TCFDは下の図に挙げる「移行リスク」や「物理的リスク」を考慮する必要があると指摘する。

■TCFDが分析と開示を求めるリスクと機会
出所:「Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures」Final Report 注:「CCS」はCO2回収・貯留のこと
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 低炭素社会への移行が本格的に始まれば、温室効果ガス排出への課税など新規制の導入や低炭素技術の開発競争といった移行リスクに企業はさらされる。あるいは、気象災害などによって事業が直接打撃を受けることも想定される。

 これらの対応策を持たない企業は、リスクが大きく変動する企業と投資家らの目に映る。

 一方、国際エネルギー機関(IEA)によれば、世界が低炭素経済に移行するに当たって年間約1兆ドル(約110兆円)の投資が必要となり、企業や投資家にとって新たな投資機会が出現する。リスクだけでなく、機会についても十分に説明できるように戦略を練る必要がある。