ドライバーに責任を問えない状態が存在

現在の法律では、公道を走る自動車はドライバーが運転操作することが前提となっているため、何らかのトラブルが生じた場合、その責任は原則としてドライバーが負う。しかし、完全自動運転車の場合は、運転操作を自動運転車(自動運転システム)が実施し、ドライバーが関与しない状況が発生する。責任の在りかが変わってくるため、必要となる保険が別になる可能性がある。

ロードマップ2016では、ドライバーの操作を補助するレベルのものからドライバー不在を前提とする完全無人運転まで、自動運転のレベルを米国運輸省NHTSA(道路交通安全局)の定義を踏まえて4段階に設定しており、それぞれについての一般的な責任関係についても言及している(表3)。

表3 官民ITS構想・ロードマップ2016における安全運転支援システムと自動走行システムの定義(出所:官民ITS構想・ロードマップ2016、記述内容の一部を加筆・変更)

誰が責任を負うのかという観点で見ると、レベル3の自動走行モードのときと、レベル4の状態(加速・操舵・制動を全てシステムが行い、ドライバーが全く関与しない状態)で生じた事故は、ドライバーの責任ではなく、システムに責任があるとしている。このため、今後、完全自動運転状態で事故が起こった場合は、自動運転システムを構成する機器製造業者やシステムを管理・制御するサービス運営事業者の責任と見なされる可能性が高い。

自動走行実証実験総合補償プランでも、自動車の不具合で事故が発生した場合は、自動車製造者等の製造側に責任があるとの判断でPL保険を適用し、サイバー攻撃等でトラブルが生じた場合はサービス運営事業者が賠償責任を負うという考えで専用の賠償責任保険を適用するなど、ドライバー以外に賠償責任があると見ている。

自動運転車が抱える新しいリスクについては、英国の保険会社であるAdrian Fluxが2016年6月に発売した自動運転車向け保険の補償内容の中にも見ることができる。同社は通常の自動車保険ではカバーしていなかった五つの損失を明記し、そのリスクをカバーすることを掲げている。

具体的には、(1)ハッキング行為が原因の損失、(2)ソフトウエアのアップデートや修正処理の失敗が原因の損失、(3)衛星の障害や停電に基づくナビゲーションシステムへの影響、(4)各種自動運転ソフトの障害、(5)オーバーライドの失敗が原因の損失――の五つである。

国内外で価値が異なるテレマティクス保険

自動運転車向けの自動車保険を考えるとき、議論の対象に上がってくるのが「テレマティクス保険」だ。テレマティクス保険は、IoT(モノのインターネット)化された自動車である「コネクテッドカー」を対象とする保険商品で、保険とITの融合を意味する「インシュアテック」の代表的な商品でもある。

その特徴は、自動車に取り付けた専用機器が収集する走行データや運転データに基づいて保険料を決めること。走行距離が短かったり、運転データに急加速や急ブレーキの履歴が少なかったりする場合は、それだけ事故の発生確率が低いと判断して保険料を安くする。走行距離に応じた保険料を支払う商品は「PAYD(Pay As You Drive)」型、運転の仕方に応じた保険料を支払う商品を「PHYD(Pay How You Drive)」型と呼ばれている。

自動運転車は外部との通信機構を備えるコネクテッドカーであることに加え、安全運転につながるさまざまな運転制御機構を備える。このため、安全運転をすることがそのまま保険料支払いの減額につながるテレマティクス保険との相性はよさそうだ。

ただし、国内市場におけるテレマティクス保険の普及については慎重な意見が目立つ。国内と海外では事情が異なるためだ。欧米は事故の実績に応じて保険料を割り引く「ノンフリート等級別料率制度」(以下、等級制度)が無く、また若者の保険料が総じて高いという土壌があったため、走行距離や運転の仕方で保険料を減額できるという特徴が受け入れられやすい。

一方で日本には等級制度があるため、安全運転の実施による保険料減額はすでに等級制度で実施されているという指摘である。「等級制度は海外にはない日本独自の制度。損保会社を変えても等級が維持されるポータビリティもある。テレマティクス保険の普及には等級制度との整合性が求められるなど、様々な課題があるだろう」(三井住友海上火災保険の坂下氏)。

PHYD型は事故を起こさないような運転をしているドライバーの保険料を割り引くが、等級制度は事故を起こさなかったドライバーの保険料を割り引く。このため、等級制度のままでも安全運転による割引メリットは享受できるとの見方もある。

「現在でも事故がなかった場合には保険料が割り引かれ、事故があった場合には保険料が割り増されるというインセンティブ(等級制度)がある。こうしたなか、これを超えてテレマティクス保険が従来以上にユーザーに安全運転を促すかどうかや、専用機器の提供コストを吸収してもなお社会やユーザーにとって新たな価値(保険料割引等)を提供できる余地があるかどうかなどを検討しなければならない」(東京海上日動火災保険 個人商品業務部部長兼自動車グループリーダーの与謝野稔氏)

求められる新たなセーフティネット

損害保険商品は、トラブルが生じて賠償請求が行われるリスクがあるときに、その賠償責任者を対象に商品が設計される。新しいリスクが見えてくれば、そこに新たな保険商品が生まれることになる。自動運転のある社会では、そこにさまざまな新たなリスクが生まれるため、そのリスクに備えるための保険商品が登場するだろう。ポイントは、賠償責任を誰が負うのかが明確になっているかにある。

ドライバーを必要としない完全自動運転車が登場し、事故が起こったときの責任は誰が負うのかについては、法改正や新法制定などの法的根拠を確立するなどして、国民全体がその賠償責任の所在や保険商品の意義に納得する「社会受容性」の確保が求められる。

新しい課題としては、これまで存在しなかった新しい大規模リスクの存在がある。例えばサイバー攻撃によるリスクだ。サイバー攻撃などによって、数百台、数千台という大量の自動運転車の制御に支障が出て、大きなトラブルが生じる危険性がある。このような大規模障害が生じたとき、その賠償責任を製造業者やサービス運営事業者だけに負わせることになれば、そのリスクの大きさから製造業者やサービス運営事業者が自動運転車の市場投入をためらってしまうかもしれない。

日本における自動車保険の基盤といえる自賠責保険は、交通事故の被害者救済を確実に実施するために制定された「自動車損害賠償保障法」に基づいて生まれ、自動車社会が広く浸透するための社会基盤となった。自動運転のある社会を描くには、この新しい社会が生み出しかねない被害者の救済のための新たなセーフティネットをどう構築するかの議論が不可欠だろう。

※この記事は日経BP総研 クリーンテック研究所の研究員が執筆し、日本経済新聞電子版のテクノロジー分野のコラム「自動運転」に掲載したものの転載です。