競技に没頭するアスリートをカメラが追い、その表情を撮影する――スポーツ中継ではありふれた光景だ。しかし、それだけで対象者の心拍を計測し、ストレスのかかり具合や精神の集中の度合いまでわかるとしたら、これまでと少し違って見えるはずだ。これはただの空想ではなく、すでに実用段階にある技術の話である。

カメラの映像だけで正確に心拍数や心拍間隔を測定できる

「非接触バイタルセンシング」と呼ばれるこの技術は、通常のカメラで撮影した顔の映像から、微細な肌の色合いを解析して心拍数を抽出する。そもそもは1930年代にヘルツマンが開発した、血液が光を吸収する性質を利用して脈波を推定する光電脈波法に基づき、約5年の歳月をかけて非接触バイタルセンシングの実現にこぎつけた。

映像に表れる顔色の変化で毛細血管の収縮と膨張の変動を測り、それをもとに心拍間隔や心拍数を計測する。従来の心拍計測機器との大きな違いは、測定時に対象者の身体に装置を装着させる必要がなく、ストレスフリーで計測できることだ。これにより、スポーツ中やデスク作業時といった日常のさまざまなシーンで、カジュアルな測定が可能となる。

顔画像を用いた脈波推定技術

最初の実証実験はゴルフ大会のライブ中継

心拍などをセンサーで測定する「バイタルセンシング」は、従来は主に医療・健康分野において注目されてきた技術である。しかし、この非接触バイタルセンシング技術が大きな話題となったのは、2017年4月に千葉で開催された「パナソニックオープンゴルフチャンピオンシップ2017」にて、試合の模様とともにプレイヤーの心拍数が生中継されたことによってだった。

非接触バイタルセンシングの実証実験としては初めてとなるこの試みが、なぜスポーツ、それもゴルフの生中継という形で行われたのだろうか?経緯を知る手掛かりは、この実験に協力した株式会社BS-TBS 編成局 編成部の濱田英理子担当部長の、スポーツ中継にかける強い思いにあった。濱田氏は入社以来、5回のオリンピック現地取材を通してスポーツ中継に携わってきたスペシャリストである。

株式会社BS-TBS 編成局 編成部
濱田英理子担当部長

「スポーツ中継は、生放送が大前提。常に最新の技術を反映させるべく、研究を重ねています。特に重視している点は、①競技を知らない視聴者に向けてわかりやすい内容 ②詳しい愛好者に向けて、より掘り下げた内容であること。つまり、“少しわかりやすく、少し深く”を両立させなければなりません」(濱田担当部長)

①は、カメラを複数台使用した同時中継など映像技術の進歩により、日々向上していると言える。

②には①だけでは伝えきれない、プレイヤーの内面までも掘り下げて視聴者へわかりやすく見せる工夫が求められるが、「内面の可視化」は非常に難しい。たとえばスポーツの世界では、よく「ゾーンに入る」「オーラに圧倒される」といった独特の形容がなされるが、それを万人にわかりやすく表現するのは困難だ。この点は従来のスポーツ中継における大きな課題だった。

そこに手を挙げたのが、パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター 画像ソリューション開発部の冨田裕人課長である。同社の非接触バイタルセンシング技術を使えば、競技中のプレイヤーに影響を与えることなく心拍を測定できる。心拍数や心拍間隔と緊張や集中の度合いには相関性が認められているため、プレイヤーの内面をわかりやすく表現できる方法になりうるのだ。

パナソニック株式会社
コネクティッドソリューションズ社
イノベーションセンター 画像ソリューション開発部
冨田裕人課長

従来よりBS-TBSではパナソニックのスーパースローカメラを活用した映像ドキュメンタリー番組「超・人〜virtuoso〜」を約3年にわたって放送するなど、映像技術において縁が深い。だが、2016年冬にパナソニックから最初の提案を受けた時、濱田担当部長は「環境に左右されやすい屋外スポーツ向きではない」と否定的な感想を抱いたという。当時の技術の測定精度は、画面内の人物の動きをすべて拾ってしまうなど、スポーツの生中継という観点からは決して満足のいくレベルではなかったからだ。

しかし、パナソニックはあきらめなかった。現場で出た不満や要望をもとに、わずか1ヶ月で技術的な問題を解消してきたのだ。

「短期間ではるかに改善された技術を目の当たりにし、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会では、日本のスポーツ力やパナソニックの技術力を世界に発信しなければならないと思いました」(濱田担当部長)

こうして非接触バイタルセンシングを活用したスポーツ中継に向けて両社の協働が本格化し、2017年4月の実証実験につながったのである。