2016年12月、「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」がオープンした。館長を務めるのは元プロ陸上選手の為末 大氏。全天候型60メートルトラックに、競技用義足の開発を手がけるXiborg(サイボーグ)のラボが併設された同施設には、健常者/障がい者のアスリートはもちろん、スクールに参加する子どもたちなどが訪れる。目指しているのは「テクノロジーとコミュニティの力で誰もが分け隔てなく融合できる場所」。その向こうには、障がい者がスポーツで健常者に勝ることも珍しくない、そんな未来の社会像がある。為末氏と、Xiborg代表取締役の遠藤 謙氏に想いを聞いた。

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パラリンピアンがオリンピアンの記録を超える日を目指す
写真右が為末 大氏。左はXiborgの遠藤 謙氏。新豊洲Brilliaランニングスタジアムのトラックで。

――ランニングスタジアムをオープンしてから半年たちましたね。振り返ってみていかがですか。


為末:来訪者は、今のところ競技者などスポーツに関係する人がほとんどです。ただ、障がい者の来場比率は想定以上です。最初はニーズがあるかどうかもよくわからなかったのですが、いざ始めてみると結構たくさん来てくれて。「競技者と研究者、健常者と障がい者などが垣根を超えて出会える場所」というメッセージがきちんと伝わったのだと思います。

――この施設を障がい者と健常者が集う場にしようと考えた理由は何ですか。


為末:私は元々、パラリンピアン(パラリンピック選手)を応援したいと考えていました。だからこそ、サイボーグのランニングオフィサーとして、義足づくりのプロジェクトに関わっているわけです。最近は日本でも、そういうムードが高まってきているように思います。一番大きな影響を与えているのは、やはり2020年の東京オリンピック/パラリンピックでしょう。パラリンピック強化の予算が増え、パラリンピック選手の合宿なども盛んになってきました。


ただ、実はそこに、ちょっとした違和感を感じました。パラリンピックを支援するぞと力めば力むほど、障がい者しかいない練習風景が増えていくように見えてしまった。よく、プロ選手とアマチュア選手が一緒に練習すると上達が速いと言われます。だったら、パラリンピアンとオリンピアンも一緒に練習して、スキルを共有するのが本来の姿のはずです。

「トップアスリートも障がい者も、子どもも高齢者も、性別も国籍も関係なくボーダーレスにある場所に」と為末氏


パラリンピアンのトレーニング精度は低いのですが、それは単に知識を共有できていないからです。オリンピアンと一緒に練習すれば、優れたトレーニング情報を簡単に入手できます。多額の予算をつけてわざわざコーチを迎え入れなくても、オリンピアンと親しくなることで解決されることはたくさんあるはずです。


ところが現実にはそれができていない。このままでは、逆にパラリンピックとオリンピックが乖離してしまうと感じました。最近、ダイバーシティという言葉がよく使われますが、おかしなことに、ダイバーシティのパーティに行くと参加者がLGBTの人ばかりで、逆にコミュニティを狭めている感覚をおぼえることがあります。それと同じです。


本来のダイバーシティの意味は、さまざまな人たちが混ざり合うことのはずです。ある特徴を持った人たちがまとまって住んでいる世界から、外の世界と徐々に混ざり合っていく――それが人類が辿ってきた歴史です。これからの未来は、性別や国籍の違い、障がいの有無を超えて人々が混ざり合う方向に進みます。


ならば陸上競技の世界でも、トップアスリートも障がい者も、子どもも高齢者も、性別も国籍も関係なくボーダーレスにある場所があればいい。東京でパラリンピックが開催される2020年よりも前に、そうした場所があってもいいのではないか。これがランニングスタジアムの最初のイメージです。

――混ざり合うことで、逆に、オリンピアンがパラリンピアンから学べることもあるのでしょうか。


為末:パラリンピックの世界をよく観察することで、我々が見ていないような視点で人体の動きを捉えることは今後の方向としてはあり得ると思っています。例えばパラリンピックの走り高跳びは、腕の欠損、脚の欠損のどちらの選手も同じカテゴリーで出場しますが、ほとんどの場合、脚の欠損の選手が優勝します。このことから、「腕があることは予想以上にジャンプに対して大きな影響を与えているのではないか」との仮説が成り立ちます。その影響のしかたが分かれば、オリンピアンが今まで考えていなかったアプローチでのトレーニングができるようになるかもしれません。

私は、将来的には障がい者のほうが健常者よりも優れた記録を出せるようになると考えています。そう思わせたのは、オスカー・ピストリウス選手です(※南アフリカ。両足が義足ながら、ロンドンオリンピックにも出場した)。彼の存在を知るまでは、義足の選手がオリンピアンの記録を塗り替えるなどということは、考えてもみませんでした。しかし、彼の走るスピードを見たときに、「これはもしかしたら、義足の選手にいずれは負けるのではないか」と感じました。それが10年後なのか、50年後なのかは不明です。それでも、一緒に練習して、彼らに引っ張ってもらってスピードが上がる世界がやがて訪れるのではないかと。