太平洋を回遊するクロマグロは、長らく資源量の減少が懸念されている。そこで注目が集まっているのが、クロマグロの完全養殖だ。これは養殖で育った親が生んだ受精卵から、数十キログラムの成魚になるまで育てるもの。2002年に近畿大学が世界で初めて成功させて以来、天然資源に影響を与えない、持続可能な水産業を可能にするものとして期待されている。将来の世界的な食糧事情にもプラスに働く。近畿大学ではこの技術開発を進めながら「近大マグロ」などのブランド化を図っている。さらに、総合商社の豊田通商と提携し、完全養殖クロマグロの量産化事業を推し進める。国内水産大手も今年から量産を本格化させる。一つの大きな潮流が生まれそうだ。

(写真提供:マルハニチロ)

鮨や和食の高級食材であるクロマグロのうち、太平洋を広く回遊する太平洋クロマグロが絶滅危惧種であることはよく知られている。2014年に国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに加えられたことは記憶に新しい(絶滅危惧Ⅱ類に指定)。野生動物の国際取引を決めるワシントン条約では、締約国会議が開かれる度に、規制対象に加わるかどうかが話題になる。世のマグロ好きにとっては、どうなるかその都度心配になるところではないだろうか。

昨年(2016年)の9月に南アフリカで開かれたワシントン条約の会議では規制対象に入らなかったが、太平洋クロマグロの親魚については、1962年のピーク(約16万トン)から2014年には約1万7000トンと9割近くも資源量が減ってしまったという試算がある(北太平洋マグロ類国際科学委員会:ICSのレポート)。資源量としては、保護が必要な危険水準で推移していることは間違いないだろう。

そこで脚光を浴びているのが、クロマグロの完全養殖だ。

天然資源に頼らない「完全養殖」

今年の4月末、養殖で育てるための幼魚(ヨコワ)の漁獲量が、日本に割り当てられた年間の上限(4007トン)を超えてしまい、各紙で報道されたことを覚えておられる人も多いだろう。実はクロマグロの養殖は、体重100~500グラム程度の幼魚をいけすに入れ50~60キログラムになるまで2~3年飼育してから出荷するスタイルが主流だ。養殖は天然資源に影響を与えないと思われがちだが、天然のヨコワを捕獲して育てるやり方では、資源保護にはならない。大きく育つ前の天然幼魚や小型魚の大量捕獲こそが、資源量激減の要因だからだ。養殖で育てた親魚の卵から育てる「完全養殖」でなければ持続可能な(サステナブルな)漁業とは言えない。

完全養殖は、親も子も養殖魚で、第一世代を除いて天然資源に頼らない養殖のことを指す。

クロマグロの完全養殖は、2002年6月に近畿大学水産研究所が世界で初めて成功した。同研究所ではその後、この分野を主導する立場で研究・開発を進め、様々な課題の解決に取り組みながら養殖技術の高度化を図っている。同時に、養殖クロマグロの卵から育てた「人工種苗」と呼ばれる稚魚を販売する事業も展開している。いわゆる「種苗生産」だ。

クロマグロの完全養殖のサイクル
(資料提供:近畿大学水産研究所)
近畿大学水産研究所所長 升間主計教授(写真:高山和良)

もちろん完全養殖による成魚の育成も進めていて、近畿大学のクロマグロ完全養殖事業を率いる同大学水産研究所所長の升間主計教授によれば「今年は年間で40~50トン」になる。2013年には「近大マグロ」のブランド名を冠した完全養殖クロマグロを提供する飲食店を大阪・梅田と東京・銀座にオープン、その普及にも努めてきた。こうした甲斐もあって、完全養殖クロマグロの存在は、「近大マグロ」の名称と共に広く認知されるようになってきている。

さらに、近畿大学では、総合商社の豊田通商をパートナーとして提携関係を結び、クロマグロの完全養殖の量産化事業をさらに一歩推し進めている。近畿大学が技術と人工種苗を提供し、パートナーの豊田通商はその量産化の部分を担うという役割分担だ。

豊田通商では、長崎県五島市に設置した子会社「ツナドリーム五島」で、近畿大学の技術指導を仰ぎながら、①陸上の水槽で受精卵から稚魚を育てる「種苗生産」、②海上のいけすで種苗からヨコワまで育てる「中間育成」、③海上の別のいけすでヨコワから成魚まで育成する養殖、という三つの事業を展開している。同社では、このほか、沖縄にも「ツナドリーム沖縄」を設立してヨコワの中間育成を進める。