「マイクロファーミング」という言葉をご存じだろうか。文字通り、限られた小さなスペースに畑を作る試みだ。IoT(Internet of Things)を駆使した水耕栽培器が登場し、室内で野菜を作る動きが加速する可能性が出てきた。屋上はもとよりビルを丸ごと農園化した事例もある。自ら野菜を作り、自分が食べる“自産自消”――。近い将来、都市住民もこの文化を取り戻すことができるかもしれない。

都市における「農」のあり方が変わろうとしている。キーワードは「マイクロファーミング」。室内、ベランダ、屋上、庭といった、限られたスペースを使って野菜などを作る特殊な農業のあり方を指す。最近では、農地が少ない大都市圏で、水耕栽培器を購入して室内で野菜作りを楽しんだり、商業施設の屋上にあるレンタル菜園で手軽に土いじりに精を出したりする人が増えている。このマイクロファーミングが、少しずつ現実のものになり始めている。

これまで「近未来の都市農業」というと、最新のテクノロジーを駆使した植物工場による「ヴァーティカル・ファーミング」(垂直農法)で少ない土地を有効に利用するという文脈で語られることが多かった。超高層建築の中層階にある最新鋭の植物工場で野菜や穀物が育成され、都市住民に供給されるようなSF的なイメージだ。しかし、マイクロファーミングが一般的なものになると、この考え方が180度変わってくる。既存の技術とその延長でできてしまうのだ。

現状ではまだ萌芽と言える段階だが、今回は、そんな潜在性を秘めたマイクロファーミングの最新事情として、IoT(Internet of Things)技術を駆使した家庭用水耕栽培器、オフィスビルを丸ごと農園化した事例、木造住宅にも広がりつつある屋上の菜園利用、という三つについて見ていこう。

IoTの粋を集めた“ミニミニ”植物工場

水耕栽培器を使って室内でレタスやバジルなどの葉物野菜を育てているという人は多い。LEDや蛍光灯などの人工照明と液体肥料を使って水耕栽培で野菜を作るもので、光に照らされた野菜はちょっとした観葉植物のようにも見え、室内のインテリアとしても一役買う。最近ではミニトマトやミニカブなどを作れる機種もあり、ずいぶんと一般的なものになりつつある。家電旗艦店では売り場があるところも多い。

この水耕栽培器の中で、最近注目を集めているものが「foop」という、この9月から出荷が始まった新しい製品だ。

foopは単なる水耕栽培器ではない。コンピューターの頭脳とも言えるマイクロプロセッサーとメモリーを備え、いくつかの計測センサーと、インターネットとの通信機能を併せ持っている。インターネットに接続して使う、いわば野菜生育コンピューターであり、IoT技術の粋を取り入れた“ミニミニ”植物工場とでも言える製品なのだ。

飛騨産の木材をあしらったfoop。一見おしゃれな水耕栽培器に見えるが、その実、二つのマイクロプロセッサー、各種の半導体メモリー、イーサネット端子、USB端子などを実装し、基本ソフトにLinuxを使うネットワークコンピューターでもある

foopに内蔵された各種センサーは、栽培室の中の温度、湿度、照度、二酸化炭素濃度などを常に計測し、マイクロプロセッサーで処理しデータ化して保持している。ユーザーは自分のスマートフォンに専用のアプリをダウンロードしておけば、インターネット経由で野菜が置かれている状況を逐一把握できる。水や温度・湿度の状況、二酸化炭素の濃度など、野菜が育っている環境がこと細かにわかる。ある意味、プロ農家並み、もしくはそれ以上のきめ細かい生育管理ができてしまう。

旅先からもスマートフォンを使って野菜の状態をいつでも確認できる。もし温度が高かったり水が足りなかったりすれば、家にいる家族に「少し窓を開けて」とか「水を足して」などと頼めるというわけだ。さらに、facebookにはfoopの窓口がある。そこにデジカメで撮った野菜の状況を送ることで、窓口から野菜生育のアドバイスをもらえる。もちろん、foopを持つ同好の士の間でネットを通じた交流を楽しむことができる。

foopで使うスマートフォンのアプリ画面。栽培室の中の環境を外出先から知ることができる

女性のアイデアを集め「上質」にこだわる

かといって、foopには冷たいIT機器のイメージはまるでない。この製品の生みの親でもあるデルタ電子IoT事業開発部General Managerのシェ・ユンホウさん(以下、通称のマーベリックさん)は、「日本でしか作れない、徹底的に上質な製品になるように心がけました」と語る。例えば、foopの両側に使ったのは飛騨産のブナ材だ。目が異なる三枚の板を接ぎ合わせた上に高品位な表面処理を施すことで、木の反りを防ぐとともに自然の風合いを生かしている。

デルタ電子は台湾を本拠地とする大手電子機器メーカーで、様々な電源装置で世界的なシェアを持つ。同社IoT事業開発部を率いるマーベリックさんは、「似たコンセプトを打ち上げる人や企業は他にもありますが、製品化できたのは私たちだけ。技術面でも真似はできないでしょう」と語る

この製品は、マーベリックさんが「スイッチを押すだけで野菜ができる装置」を作りたいと温めていたアイデアを、女性グループのアイデアマラソン(アイデアソン)の中で磨くことによって実現した。彼女たちが求めるものは単に優れた機能や実利ではなく、そこに上質の何かが加わったもの。マーベリックさんは、社外のクリエイターやデザイナーなどの協力を得ながら、自分のアイデアと女性たちのニーズを組み合わせfoopという製品に仕上げた。

いまのところ、受注生産のみの対応で誰でもすぐに手に入るものではない。価格も4万8500円と高いが、今年に入ってスタートさせた100台の注文分はわずか5日で完売。追加で用意した50台もすぐに売り切れた。現在のところ、大量生産は考えていないと言う。「責任を持って品質の高いものを出したいので、今は受注販売というスタイルしか考えていません。市場も実際にどれだけの広がりがあるかわからないですから」とマーベリックさんは語る。飛騨の天然木の製材と自然乾燥だけでも3カ月、その後人の手で1カ月の乾燥と、木材の準備だけで4カ月かかる。そうそう簡単には量産できないという事情もある。

しかし、日本のユーザーからの引き合いは強く、次の受注販売を3カ月以内には始めることを検討している。中国など海外からも製品を求める声が届いている。

foopは、室内で野菜を作り食べるという楽しみだけでなく、暮らしに潤いをもたらし、他のユーザーとネットでつながり、交流するという新しい価値をもたらす。都市における新しい農の形を提案する製品と言ってよいだろう。同様のコンセプトの製品をクラウドファンディングで作ろうとした海外ベンチャーもあり、このようなIoTを利用した水耕栽培装置の市場ニーズは強いと見てよい。もし市場が急拡大すれば、潜在ユーザーたちを刺激する。そうなれば、さらに市場が広がるという循環が生まれる。「室内で野菜を作るのが当たり前」という時代がやってきてもおかしくない。

オフィスビルを丸ごと農園化したパソナの取り組み

“ミニミニ”植物工場とは対照的に、オフィスビル全体を農園にしてしまった事例がある。東京駅八重洲口からほど近いところにある、緑のランドマークとして内外から高い評価を得ているオフィスビルがその“ビル丸ごと農園”だ。壁面がバラや藤などを交えた落葉樹で覆われたこの建物は、総合人材サービス大手のパソナグループの本部ビルで、2010年に姿を見せて以来、都心のオアシスとして道行く人たちに癒やしと楽しみを与えてきた。

パソナグループ本部が入るオフィスビル。東京駅八重洲口からほど近いところにある緑のランドマークだ

驚くのはその外観だけではない。屋内に一歩足を踏み入れると、そこは小さな里山が広がっている。一階には黄金色の稲穂が垂れる水田があり、稲の育成に必要なそよ風すら吹いている。受付近くの天井からは瓜やゴーヤが実をつけ、奥にはとうもろこし畑、応接室には大玉のトマトがたわわに実る。植物工場も備え、そこでは社内食堂で供されるレタスやサラダ菜などの葉物野菜が育てられている。二階にも様々な野菜、ハーブ、果樹が植えられているのだ。

パソナグループではこのビルのことを「アーバンファーム」と呼び、パソナグループの農業ビジネスを推進する子会社「パソナ農援隊」がその管理・運営を担っている。

オフィスビルを丸ごと農園にするために、さぞ先進的な技術を駆使しているのではないか、と思うかもしれない。しかし、ここで使われているものは、LEDと高圧ナトリウムランプの照明システムを備えた水田と植物工場など、一部のものを除けば、比較的手に入りやすいものが多い。

アーバンファームを管理するパソナ農援隊の佐藤元信アーバンファーム事業部長によれば、ビルのあちこちで野菜や樹木に水を供給する自動灌水装置についても一つのエリアごとの初期投資は5万~10万円ほどで「それほど高くありません」と言う。また、葉物野菜を作る植物工場についても最新式のLED照明ではなく、液晶のバックライトに使われる蛍光管照明のものを使って「初期投資を抑えている」(佐藤さん)。

ビルの一階に作られた水田とパソナ農援隊佐藤元信さん。人工の照明によって稲がすくすくと育っている。照明の制御で人工的に季節を作り出し、年2回以上の収穫ができる。1回につき50キロの米が収穫できるという