ワークライフバランスの確立と生産性向上を推進する働き方改革。それを支援するツールが多様化している。バイタルセンシングを使い、人の状態・状況を捉え、適した働き方を促す。人工知能(AI)が週間の労働パターンを振り返って長時間労働を警告する、メガネのセンサーが取得したデータから生産性を可視化する、作業着を着るだけで現場作業員の心拍数を把握して健康を管理する……。数年後には、AIやIoT(Internet of Things)を活用した生産性の高い労働環境が浸透していくかもしれない。

働き方改革に人工知能(AI)とIoT(Internet of Things)を生かす動きが活発化している。中でも心拍数、目の動き、身体の動きなどバイタル(生体)データを活用した取り組みが多く見られる。クラウド活用やスマートデバイス導入などによる仕事の効率化を働き方改革1.0とするなら、AIやIoTを活用したソリューションは「働き方改革2.0」への兆しと言えよう。人がツールや技術を“使いこなす”のではなく、ツールや技術が“人に寄り添って”生産性向上やメンタルヘルス改善につなげていく考え方である。

パナソニックが京都大学と共同開発した「非接触バイタルセンシング」はその一例だ。これは、高感度なスペクトラム拡散ミリ波レーダー技術と特徴点ベースの心拍推定アルゴリズムによって、離れた場所からでも心電計相当の精度で心拍間隔をリアルタイム計測できる技術。この技術を応用し、同社は「パナソニックオープン2017」にて、カメラに映ったゴルフ選手の顔から心拍数を測定し、選手の緊張状態をカメラ越しに視聴者に伝える実証実験を行った。今後はオフィスの働き過ぎ監視、高齢者の見守りなどへの応用を想定している。

(写真1)パナソニックの非接触バイタルセンシング
画面左下部に緊張度が表示される(パナソニックの解説動画より)

別の取り組みでは、例えばジンズ(JINS)のメガネを使ったものがある。目の動きを捉えるセンサー、加速度センサーなどを搭載して集中力を計測できるメガネ「JINS MEME」を利用して、働き方改革を支援する。集中力の見える化は、各人のパフォーマンスを推察するのに役立つ。「集中力をリアルタイムでパソコン画面に表示する」「集中状態の継続が仕事の質向上に寄与しているかどうかを定量化する」「働き方改革の施策が集中力を高めることに貢献するのかを確認する」などの応用が考えられ、JINSは各パートナー企業と組んでさまざまなメニューを用意する。

(写真2)働き方を見える化する集中力計測メガネのJINS MEME ES

そこで働いていて幸せかどうか――働く環境では、メンタル面の充実も重要になってくる。そのためのソリューションを提供しているのが日立製作所だ。名札型ウエアラブルセンサーと同社のAI技術を用いて「組織の幸福感」を定量化する実証実験を行った。名札型ウエアラブルセンサーから行動データを取得して、時間帯や会話した相手などの項目にカテゴライズ。そのデータを基に、各個人にカスタマイズした適切なアドバイスをAIが返答する。

実験は2016年6~10月にかけ、営業部門26部署、約600人を対象に実施された。その結果、期間内に組織活性度が上昇した部署は、下降した部署に比べて翌四半期(10~12月)の受注額が平均27%上回ったという。また、双方向の対面コミュニケーションが高い部署ほど、「上司からの信頼を得てやりがいのある仕事に取り組んでいる」と回答する傾向にあった。

(写真3)スマートフォンでのアドバイス表示例(左)、名札型ウエアラブルセンサーの装着イメージ(右)

さらに一歩踏み込み、職場のストレス度を判定する試みもある。ズボンのベルトにクリップ型デバイスを装着し、内蔵したチューブ式空気圧センサーで体のかすかな動きを検知。心拍、呼吸、体の動きといった生体データを抽出し、心拍間隔の揺らぎを分析することで計測時のストレス度を定量化するものだ。

チューブセンサーにはダイキン工業の独自センシング技術「Airitmo(エアリトモ)」を採用した。ダイキン工業、ソフトバンク・テクノロジー、青山キャピタルによる合同の実証実験を2017年7月から開始し、睡眠時もセンサーを着用。これにより、職場環境とストレス度の相関、就業時のストレス度と睡眠状態の相関などを検証する。名札型センサー同様、装着する負担の煩わしさを社員が感じることなく生体データを採取できるのが利点である。

(写真4)ダイキン工業によるベルト装着型のクリップ型デバイス

センサーではないものの、日常作業に欠かせないオフィスツールにAI機能が埋め込まれ、適宜“働き方に関するアドバイス”を提供してくれたら人はどう変わるか。日本マイクロソフトは同社のパーソナルエージェント「MyAnalytics」を用いて自社で実証実験を行い、大幅な労働時間短縮を実現した。

MyAnalyticsはクラウドサービス「Office 365」の企業向け最上版に実装され、週間の作業時間の可視化をはじめ、労働時間の実績に基づいてAIが働き方の質改善に向けアドバイスする。例えば「先週は34%の会議が山田さんと一緒でした。分担することで両者の予定表に余裕ができます」「あなたが残業時間に送信したメールを読むのに受信者が費やした時間は推定で3時間です。緊急性のないメッセージは翌朝まで保存しておきましょう」といった具合だ。4カ月間の実証実験では、労働時間を計3579時間も削減し、年間で7億円のコスト削減になるとの試算結果を得た。

(写真5)AI機能のMyAnalyticsによる働き方改善アドバイスの例(日本マイクロソフトの解説ページより)