指紋や虹彩、静脈、顔など、体の一部を使って本人を特定するバイオメトリクス認証が広く浸透してきた。もともとこれらの技術は、情報流出や不法侵入防止などセキュリティの観点から、パスワード入力の代わりになるものとして進化してきた。しかし、現在ではさまざまなサービスにおいて本人確認に活用されることで、より便利な社会の実現に欠かせない技術となってきている。未来の社会に溶け込むためには、より負担が軽く、無意識のうちに認証されるような仕組みが求められる。

入店の際に事前登録した利用者であることが確認できれば、あとは自由に棚からとった商品が自動精算されるコンビニ。ゲートに車を一旦停車させるだけで、事前に登録されたドライバーと自動車であれば自動でバーが開いて精算される駐車場。このように代金・料金の支払いや会員確認などの手順がない、いわば“ゲートレス”は、未来の社会では様々な場所に適用される。それを支える根幹技術の一つが、身体の一部の特徴から個人を特定するバイオメトリクス(生体)認証である。認証技術の進歩により、今後は、人がまったく意識することなく認証され、店舗や各種施設、駐車場、公共交通など、どこでもキャッシュレス、そして“顔パス”で行き来できるようになっていく。

バイオメトリクス認証としては、既に指紋認証や静脈認証、顔認証などが、さまざまなサービスに活用されている。2018年1月にいよいよ一般公開されたAmazon Goのような小売店での無人サービスや、2017年10月からは羽田空港の国際線ターミナルでパナソニックの顔認証による入国手続きゲート(日本人の帰国手続きが対象)が導入された。

バイオメトリクス認証の強みは、利用者にとって認証作業が手軽であることと、個人によって異なる身体的特徴を利用するためパスワードや署名よりも偽装が難しいことである。とはいえ、偽造される可能性はゼロではない。そこで、より偽造が難しく、日常の動作を行うだけで無意識のうちに認証できてしまう、次世代のバイオメトリクス認証システムの研究が進められている。

盗まれにくい耳穴の形状で本人を認証

NECが長岡技術科学大学の協力によって開発したのは、人間の耳穴の形状によって決まる音の反響を用いた新たなバイオメトリクス認証技術だ。マイクロホン一体型イヤホンを耳に装着し、耳の穴で反響したイヤホンからの音をマイクで収集することで、個々の耳の内部構造によって違いが出る音響特性を瞬時に測定する(図1)。この音響特性から個人の判別に有効な特徴量を抽出する技術によって認証率99%以上を実現しており、2018年度中の実用化を目指している。

耳の内部構造は、簡単に写真を撮ることもできないため偽造は難しい。また、認証用機器に体の一部をかざすなどの動作も不要だ。音楽を聞いたり、遠隔で指示を受けたりする目的でマイク一体型イヤホンを装着していれば、移動中、何かの作業中でも動作を変えることなく、いつでも認証できる。用途としては、インフラ施設の保守・管理や警備などに関わる業務でのなりすまし防止や、無線通信・通話における内容の秘密保持、医療現場など移動中や作業中の認証、さらに特定の人向けや特定の場面での音声ガイドサービスなどへの応用が考えられている。

(図1)耳穴認証による音響特性の測定イメージ(上)と個人による音響特性の違い(下)
(NECのWebサイトから引用)

歩き姿で遠方から本人を認証

街の中など人が多く集まる場所では、例えば50メートル離れた位置など、顔が見えないくらい遠くからの認証が必要になることがある。そうした場面で有効になりそうなのが、人の姿や歩き方で識別する歩容認証である。歩き方には、腕の振り、歩幅の違い、姿勢の違い、動きの左右非対称性などに明確な違いが見られる(図2)。そこで映像から歩容の個性を低周波の周波数領域特徴として抽出し、識別に使う。

歩容認証の大きな特徴は、服装や髪型の差異に影響されず、遠距離から個人を認証できること。カメラに映った複数の人物から特定の一人を探すといった個人識別も可能になる。これによって、店舗・商業施設などでの同一人物の移動経路解析、顧客に応じたサービス提供などのマーケティング応用、犯罪捜査など様々な用途への適用が期待される。

従来の研究では、カメラと歩行者の位置関係によって人の見え方が大きく異なることが、歩容による認証を困難にしていた。そこで大阪大学産業科学研究所では、ディープラーニングの技術を活用した(図3)。画像同士の同じ位置での差を特徴として比較したり、腕の振り方や脚の振り幅などの抽象的な特徴の差を比較したりすることで、歩く向きが異なる人物映像からの歩容認証で96%の認証率を実現した。

(図2)個人による歩容シルエットの違い
(大阪大学のWebサイトから引用)

(図3)歩容認証における歩く向きの違いに応じた深層学習モデル
(大阪大学のWebサイトから引用)