長寿遺伝子の「サーチュイン遺伝子」をはじめ、アンチエイジング、つまり長寿に関する研究が世界各地で進んでいる。最近では、細胞の自食作用「オートファジー」と加齢との関係性も指摘されている。人類にとって永遠のテーマである「老化」の予防を、科学的に実現する手段を開発できれば、未来の風景は変わっていくに違いない。

実年齢90歳。見た目は40歳代で、自立して日常生活を送るどころか、食事に何でも食べれば、若者と入り混じってスポーツもする。もちろん平日はバリバリ仕事をこなし、経済の担い手として十分な役割を果たす――。

こんな社会を実現できれば、確実に今とは社会の課題が違ってくる。増え続ける社会保障費を抑制できるかもしれないし、年金も若者が高齢者を支えるという構図から脱却できるかもしれない。さまざまなところで顕在化し始めている労働力不足も、かなり緩和されるはずだ。

ハードルは人間の「老化」である。こうした社会を現実のものにするには、人が老化しない、あるいは今よりもはるかにゆっくりと老化が進む状況を生み出さなければならない。夢物語と言ってしまえばそれまでだが、「不老」を科学的に実現しようという動きは世界的に進められている。人生100年時代を越える未来につながる取り組みである。

(写真:PIXTA)

老化を制御するのは脳の視床下部

2000年、米マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガランテ教授らが酵母のサーチュイン遺伝子「Sir2」における長寿との関連を発表した。端的に言えば、Sir2が減ると寿命が縮み、増えると寿命が伸びるというメカニズムだ。これをきっかけに、長寿遺伝子としてサーチュイン遺伝子の研究が急速に発達した。

Sir2は哺乳類のような高等生物まで高度に保存され、人間なら誰でも持つとされる。サーチュイン遺伝子が作り出すタンパク質をサーチュインと呼ぶが、その後の研究で人間にはSirt1からSirt7までの7種類のサーチュイン・ファミリーが存在することが明らかになった。このうち、注目が集まっているのが、Sir2と構造的に最も近いSirt1である。

Sirt1は人間の寿命の制御に関わる因子と見られており、盛んに研究が進められている。通常は活動せず休眠しているため、いかに起動スイッチを押すかが課題となっている。活性化を促すとみられる代表的な物質としては、ブドウの果皮などに含まれる「レスベラトロール」があり、日本でも数多くのサプリが販売されている。

Sirt1の研究では、日本人科学者に期待が寄せられている。かつてガランテ教授とともにSir2を発見した、米ワシントン大学の今井眞一郎教授だ。今井教授の研究テーマは「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」。NMNとはエネルギー代謝に不可欠なNAD(ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド)の合成中間体である。

今井教授らのグループは、マウスの脳内に意図的にSirt1を発生させる(BRASTOマウス)実験を試みた。具体的には、マウスにNMNを投与する。すると、マウスの健康寿命がメスで16.4%、オスで9.1%伸びた。また高齢のBRASTOマウスは脳の視床下部において神経細胞の動きが活発になり、良質な睡眠が取れていたり、骨格筋の構造が若かったり、がんの進行が遅れたりした。これらの結果から今井教授らは、視床下部が哺乳類の老化を司ることを突き止めた。

そして考えたのが、NMNを製造して投与すれば、Sirt1の活性化を導き出せるのではないかということだった。視床下部にNMNを投与すると、合成中間体であるNMNは、やがてエネルギー代謝の源といわれるNADに変換される。このNADを利用して脳内でSirt1が活性化するというわけだ。

この研究成果は大きな話題を呼び、現在は、慶應義塾大学でNMNを人間に投与する第1相臨床試験(健常者に対する試験)を実施している。日清製粉グループのオリエンタル酵母工業が協力を申し出てNMNを製造・提供。今井教授は医薬品ではなく、機能性表示食品の形でNMNを提供したいともくろんでいる。